エルテスが中期経営計画「The Road To 2024」で打ち出した新たな分野への挑戦。そのうちのひとつが警備業界を舞台とした活動、すなわち「AIセキュリティ事業」の本格的な推進だった。デジタルリスクの専門家であるエルテスが、そもそもなぜ伝統的な警備領域へ参入したのか。そして、これから事業を本格化させることで、警備業界にどのような変革を生み出すのか。AIセキュリティ事業の推進を担当する警備事業部の島嵜直樹に、「セキュリティDX」構想の実態について語ってもらった。
新規参入のきっかけは「警備版のシェアリングエコノミー」というアイデア
──はじめに、エルテスが警備事業に参入した経緯を教えてください。
島嵜 2007年からデジタルリスク事業に取り組んできましたが、企業や個人が抱えるリスクにはデジタルなものだけではなく、フィジカルなものも数多く存在します。また、現代社会においては、デジタルとリアルの融合が進行しています。そうした背景もあって、数年前から「デジタルとフィジカル両方の視点を持たないと、本当の意味でのリスクマネジメントができないのではないか」「フィジカルリスクも含めて包括的なリスク対応ができる会社になれないか」という思いを抱き、リアル領域へのデジタルソリューション提供の検討を重ねていました。
そんななか、リアル領域で活動する警備業界についてリサーチしてみたところ、エルテスの強みを活かし、業界の課題解決に貢献できるのではないかと考え始めました。検討を重ねた結果、エルテスが参入する価値は十分にあるという判断に至ったのです。
──具体的には、どういった部分に「警備業界に貢献できる」と感じたのでしょうか。
島嵜 まず、警備業界も一部ではデジタル化が進みつつも、まだまだアナログ環境が多く残っていたことがあげられます。いまでも契約や業務のやりとりは紙、警備員へは電話連絡が基本。わたしたちの生活がデジタル化している一方で、警備業務でのデジタル技術活用の課題は山積みです。だからこそ、エルテスが貢献できることは少なくないだろうと考えました。
また、ベンチャー企業でもあるエルテスにとって、3.5兆円の市場規模を誇る警備業界は、魅力的でした。市場は大手数社が寡占し、残りのパイに9,000社ほどの中小企業がひしめいている状態。そこに、わたしたちがテクノロジーをもって参入し、中小の警備業者のデジタル化を支援し、エンパワーメント的な存在で第三極化を実現できれば、ある種のオルタナティブとして存在感を発揮できるのではないか。そういう想いもありました。
※2021年4月発表の中期経営計画「The Road To 2024」より抜粋
──そうした経緯を経て、警備業界進出への足がかりとして立ち上げたのが、100%子会社のエルテスセキュリティインテリジェンス(以下:ESI)というわけですね。
島嵜 その通りです。参入する価値があるのはわかったものの、実際に警備業を行うにはどんな障壁があるのかなど、やってみないとわからない部分が多かった。ならば、「自分たちでやってやろう」と、2017年にESIを立ち上げました。
──新規参入の難しさなどはありませんでしたか?
島嵜 実をいうと、代表の菅原は当初、警備業におけるシェアリングエコノミーモデルを考えていました。アプリひとつで最適なドライバーを手配できるライドシェアのように、必要なときにアプリひとつで警備員が呼べたら心強くない? と、そんな感覚でした。
──人員的なリソースは、先ほどの話にあった9000社の中小企業に所属する警備員。企業や個人は気軽に警備員が呼べるし、警備員の側は空き時間に気軽に仕事が増やせる。お互いにとって、いいサービスになりそうですね。
島嵜 わたしたちもそう考えていました。しかし、いざESIを立ち上げて、手探りで事業を進めていくと、いくつかの法律の壁にぶち当たったのです。たとえば、派遣する警備員は、ESIの警備員として所定の教育・研修を実施し、管轄の警察署の認可を受ける必要がある。でも、それだと人的リソースの確保が複雑になるうえに、勤務形態の自由度も低くなりますよね。ほかにいくつかの障壁があったため、すぐに「警備業のシェアリングエコノミーを実現するのは難しそうだ」という結論になりました。
しかし一方で、それ以外にもDX化が可能なポイントがたくさん見えてきました。「警備業のシェアリングエコノミー」はいったん先の目標として置きつつも、目の前にたくさん転がる業界の課題を解決するところから始めよう、と考えるようになりました。
伝統的な警備会社とのM&Aでソリューションの実証実験が加速
──その後、2020年の12月には、アサヒ安全業務社の完全子会社化を発表しています。伝統的な警備会社をグループに迎えた意図はなんだったのでしょう。
島嵜 自分たちで警備会社(ESI)を経営して分かったこととして、どんなに良いと思ったサービスも、現場に投入すると意外な欠陥が浮き彫りになるということでした。
地に足の着いたサービス開発のためには、業界に肩までつかる必要があると考えたのです。
そのためには、実績と歴史のある警備会社と一緒になることが必須でした。その点、48年の歴史をもつアサヒ安全業務社は、願ってもないパートナーです。
アサヒ安全業務社のほうも、旧態依然とした警備業界の未来に危機感を抱かれていたようで、われわれの構想──すなわち、DXによる業務の効率化やスマホを使ったマッチングプラットフォームなどの話に耳を傾け、そのビジョンに共感してくださった。そういう意味では、お互いにベストなタイミングでの出会いだったのではないでしょうか。
※2021年4月発表の中期経営計画「The Road To 2024」より抜粋
──AIセキュリティ事業として、今後はどのようなソリューション、サービスに取り組んでいく予定ですか?
島嵜 現在、研究・開発を行っている主なサービスは、「デジタルテクノロジーを活用した社内管理オペレーションの効率化」や「インテリジェンスの力を活用した効率的な警備のサポート」などです。スマートグラスやスマートウォッチなどのデジタルデバイスと連携した警備の研究・開発なども行っており、これが実現すれば、インテリジェンスを活用した警備サービスの提供出来ると思っています。
──実現が待たれます。ESIとして、すでに提供を開始しているサービスについても教えてください。
島嵜 ひとつは2020年12月に提供を開始した「AIK order(アイク・オーダー)」です。これは、警備を依頼したい個人や法人と警備会社をつなぐプラットフォームで、当初構想していた「警備業のシェアリングエコノミー」に近いサービスですね。特徴は、警備を依頼したいお客さまに個人の警備員ではなく、警備会社をマッチングする点。すでに、20社ほどの警備会社が登録してくださっています。ただ、警備を依頼する側への訴求は、まだまだこれからといったところ。そちらの絶対数を増やしていくことが、直近の課題ですね。
▶AIK orderのサービスページ:https://aik-order.com/
▶AIK order警備依頼者向けページ:https://aik-order.com/lp/customer/
──AIK orderを利用することで、警備を依頼する側にはどういったメリットがあるのでしょうか。
島嵜 最大のメリットは人員リソースの担保です。すでに継続的に発注している警備会社をお持ちの企業も多いと思いますが、警備業界は慢性的な人員不足に悩まされています。そのため、急なオーダーには応えられないケースも多々あるのです。そんなときにAIK orderを使えば、派遣可能な複数の警備会社からのレスポンスが期待できます。
もうひとつのメリットは、やはりDXによる業務の効率化ですね。警備会社が依頼者と警備業務の契約を締結する際、定められた事項を記載した契約前後書面と呼ばれる書類を依頼者に提出しなければならないのですが、現状は紙ベースでやりとりされることがほとんど。しかし、AIK orderなら、スマホアプリ上で書類を作成してそのまま送付することができるし、必要があればPDFで出力することもできます。依頼者にとっても警備会社にとっても、非常に利便性が高いシステムではないでしょうか。
画期的なサービスを次々と投入し「警備業」のイメージを刷新する
──開発中のものも含めて、そのほかのサービスについてもご紹介ください。
島嵜 2021年4月に、法人向けセキュリティサービス「AIK sense(アイク・センス)」をリリースしました。こちらは法人向けのホームセキュリティで、オフィスや店舗、倉庫への導入を想定しています。今度もAIKブランドとして、警備業界のDX化をサポートするサービスを展開していきます。
──冒頭で「警備業界のオルタナティブに」というお話がありましたが、本格参入をしてみての手応えはいかがでしょうか。
島嵜 出足はまずまずといったところです。ここでひとつ付け加えておくと、「警備業界のオルタナティブとして存在感を発揮したい」とは言ったものの、すでに地位を確立している大手企業に勝負を挑んでいるわけではないんです。働き手の高齢化や人材不足に直面する中小企業にデジタル技術を提供し、業界全体の発展にエルテスの知見を上手く組み合わせていきたいと思っています。
実際、大手の警備会社さんとの取引もあるので、わたしたちはあくまでテクノロジーによるソリューションを提案する側として、警備業界のDXに貢献していきたい。最終的には「過酷な仕事」「リタイア後に仕方なくする仕事」といったイメージも刷新し、警備業そのものの価値も高めていきたいですね。
▶警備業務を依頼できる「AIK order」の登録はこちら
プロフィール
島嵜 直樹(NAOKI SHIMAZAKI)
株式会社エルテス 事業戦略本部 警備事業部 部長 東証一部ゲーム会社/婚活会社マーケティング責任者、婚活ビジネスの起業を経て現職。AIセキュリティ事業において営業・開発・ブランディングの指揮を執る。