「月に行っても、ただちに政府を立ち上げられる」。電子国家エストニアで見た、日本のDX化実現への道筋

エルテスが新たな柱として見据える「DX推進事業」。この新領域に本格参入するにあたって、エルテスではどのような準備を行ってきたのか。そして、日本のDXを加速させるためにどのようなチャレンジやアプローチを考えているのか——。中期経営計画「The Road To 2024」の回に引き続いて、代表である菅原貴弘と執行役員の三川剛に、“新領域に思い描く、成功への道筋”について話を聞いてみた。

日本のデジタル化に向けて大きな車輪がまわり始めた

——デジタル社会の到来を見越したDX推進事業において、特に重要な鍵を握るのが電子国家として注目を集めるエストニアとの関係だと思います。同国との関わりはいつからどのようにはじまったのでしょう。

菅原 エストニアとの取り組みは、2016年に金融犯罪調査ツールである『VizKey※1』に関しリアルシステムズ社と業務提携を行ったことが始まりです。その後、エストニアのデジタルガバメントプロジェクトで重要な役目を果たしたサイバネティカ社とも出会いました。

エストニアは1991年にソ連から独立しましたが、首都のタリンにソ連のサイバネティックス(人工頭脳学)研究所があったことからIT先進国として発展します。加えて、国境を接するロシアからの侵略にさらされてきた歴史があるため、「物理的な領土にとらわれない」という前提で、デジタル国家の構築を行っています。そうした背景もあって、「月に行っても、ただちに政府を立ち上げられる」と言われるのがエストニアの人たち。西洋諸国のなかでもいち早くデジタルガバメント化※2を実現し、行政サービスの99%を電子化したと言われるエストニアでは、たとえ国土が消滅してもデータさえ残っていれば国を維持し続けることができるのです。

そして、そうした電子政府の基盤となるシステムの開発で、もっとも実績のある企業のひとつがサイバネティカ社です。弊社では、当時から「日本の電子政府化にも彼らの技術が必要になるだろう」と考え、サイバネティカ社との関係を深めてきました。

しかし、その関係を最大限に生かせるまでには、予想以上に時間がかかりました。2016年に官民データ活用推進基本法が制定され、2018年には安倍元首相のエストニア視察にも同行しましたが、日本のデジタルガバメント化はなかなか進みませんでした。しかし、昨年来のコロナ禍の影響で日本社会でも急速にDXに注目が集まり、行政にもその波が押し寄せてきた。ようやく私たちの取り組みに光が当たる状況になってきたのです。

——確かに、国や企業のデジタル化が求められながらも、思うように進まない状況にありました。ところで、日本においてデジタル化が叫ばれている理由はどこにあるのでしょうか。

三川 日本では、行政だけでなく金融機関をはじめとする民間企業も、安全性を重視するがゆえに「閉じた世界で固有のシステムを構築すること」をよしとしてきました。そのため、日本各地で似て非なるシステムに大きな投資が行われ、システム固有の特殊スキルを持つ職員や社員が数多く雇用されています。しかし、人口が減り、国としての競争力も弱まっている日本において、こうしたガラパゴス的な古いシステムへ投資を続けていくことは、現実的ではありません。

事実、経済産業省がまとめた「DXレポート」では、企業や国、自治体で使用されているレガシーシステムの多くが2025年に寿命を迎え、深刻なIT人材不足と相まって日本のDXを大きく阻害するという試算が出ています。そうした状況を踏まえて、政府もここ数年でようやく重い腰を上げ、行政システムのクラウド化や官民のデータ連携、電子政府化といった動きを加速させようとしていました。そこにコロナ禍が重なり、デジタル化に向けた大きな車輪がまわり出したのが、いまの日本社会の状況だと思います。

住民、自治体、企業の三者が相互にメリットを得るDX推進

——国や自治体デジタル化を推進するDX推進事業において、サイバネティカ社の持つ技術をどのように活用していくのか、具体的にお聞かせください。

三川 柱となるのは、エストニアの電子政府で活用されている基盤システム「X-Road」から発展させ、商用化した「UXP(Unified eXchange Platform)」と呼ばれるデータ連携基盤です。UXPを簡単に説明すると、分散管理されているさまざまなデータについて、必要な人が、必要な時に、安全に連携して利用できる技術のこと。エルテスでは2019年から、サイバネティカ社と三井住友信託銀行、NEC社の4社でUXPを活用したデータ連携プラットフォームの共同検討を進めています※3。国内で、これと同じレべルでの取り組みは見当たらず、我々が一歩先を行っていると自負しています。

また、日本政府が目指すスーパーシティ※4のような世界観を実現するためには、官民のデータ連携に加えて強固かつ利便性の高い認証機能も必須になりますが、そういった仕組みの提供も可能です。

さらにいうなら、国や自治体のデジタル化を推進する際に、大きな懸念材料となるセキュリティの部分は、それこそエルテスの専門分野。セキュリティのプロであるわたしたちが総合的に関わることで、ハイテクノロジーかつ高セキュリティ、さらにはベンチャーの強みを生かしたローコストなプロダクトが実現できると考えています。

——内閣府が2012年から進める「スーパーシティ」構想における公募では、エルテスが多くの自治体から主要事業者候補として選定されています。サイバネティカ社との連携をはじめとするエルテスの”強み“がそうした評価に結びついているわけですね。

三川 スーパーシティ構想は、あらゆる先端技術を実装したスーパーシティを特定区域内につくろうという取り組みです。そうした「スーパーシティ型国家戦略特区」対象地区への公募において、エルテスは12の地方公共団体から主要な事業者の候補として選定されました。現代社会が多様に変化し続けるなかでも、DXによる持続可能な基盤づくりを実現し、「住民」「地方公共団体」「民間企業」の三者が互いに連携することで大きな収益構造となるエコシステムの構築を目指します。

——そうした仕組みのなかで、エルテスはどんな役割を果たしていくのでしょう。

三川 システムの構築にあたっては、公共サービスの提供を民間主導で行うPFI(Private Finance Initiative)の形を取ることで、民間企業の自己負担や広告出稿などにつなげ、地方公共団体の運用・開発費用の大幅な低減を実現します。より具体的な話をすると、UXPを活用した「都市OS」ともいうべきデータ連携基盤と、「デジタルPFI構想※5」に基づく官民連携の住民総合ポータルサービス、そしてアプリケーションの開発・運用までをエルテスが行い、将来的には様々なサービスや事業者が相乗りできるプラットフォームの提供を目指すイメージです。現状、各自治体の公募では、そうした「都市OS」と「先端的サービス」の2つの領域でわたしたちの提案が評価されています。

そして、実をいうとエルテスでは、すでに菅原の故郷である岩手県紫波町で、同様の取り組みを先行させています。そうやって、自治体のDXに関する実績をリアルに積み上げていることも、私たちの強みであり評価につながっている部分だと思います。

——いまお話に出た、岩手県紫波町での取り組みや実績について、詳しく教えていただけますか?

菅原 紫波町とは2020年12月に、デジタル化推進を図ることを目的とした包括連携協定を結んでいます。紫波町は盛岡の南にある人口3万人ほどの自治体で、オガールプロジェクトという公民連携の都市整備事業での成功体験があるうえ、人口ピラミッドも比較的健全。ある意味壮大な社会実験を行うにはうってつけのパートナーだったのです。

現在、紫波町ではさまざまな取り組みが進んでおり、今年は順次サービスをリリースしていく予定です。わたしたちが目指しているのは、紫波町での活動を通じて「都市OS」と「デジタルPFI構想」の効果や効率を実証し、横展開し、すべての自治体へと広げていくこと。日本にある1700の自治体がそれぞれに違うシステムをつくるのは、とても非効率だし、その共通化にエルテスが貢献できればと考えています。

※エルテスと紫波町は2020年12月、デジタル化推進を図ることを目的とした包括連携協定を結んだ

日本中のデジタル化を担うのがJAPAN DXの役割であり使命

——そうした自治体のDXをダイナミックに推進するにあたり、主導的な立場を担うのが子会社の「JAPAN DX」になるのでしょうか?

菅原 その通りです。「JAPAN DX」はエルテスのDX推進事業を発展させるため、同セグメントを分社化させた100%子会社。2020年12月の設立以来、「日本をDX化する」という社名の通り、自治体のみならず企業も含めたデジタル化の推進や、デジタルガバメント関連事業を行っています。

 

いまや多くの企業や自治体がDXに取り組んでいますが、個人的には、デジタル化を積み上げただけのDXはほとんどが失敗に終わるだろうと考えています。たとえば、銀行の申込書をOCR(光学文字認識)で読み込む際、いまはまだ「二重線の訂正印はどうしよう」といったことが議論されている段階です。しかし、マイナンバーが普及すれば、従来の紙をデジタル化するような工程自体が不要になるうえに、本人確認系業務がいらなくなる。

つまり、最終的にはスマートシティに連動するようなデジタル化以外は、すべてが無駄になってしまうわけです。だからこそ、都市OSとなるデータ連携基盤によって官民のデータが連動し、そこからさまざまな住民サービスが生まれてくる、真のデジタル化をいち早く実現する必要があるのです。

——そのために、エストニアでデジタルガバメントを実現したサイバネティカ社と連携し、国や自治体のデジタル化を強力に推進していくわけですね。一方でDXについて回る課題が「推進する人材がいない」という人材不足の問題です。こうした点については、どのような貢献を考えているのでしょう。

菅原 日本企業のデジタル化が遅れている大きな要因のひとつに「雇用のために仕事をつくる」という発想があると思います。デジタルによる効率化が結果的に「誰かの仕事を奪う」と悩んでいたりする。そんな状況では、デジタル化が進むはずがありません。そしてそうした発想は、同じ企業の中で永続的に働き続けることを是とする、古い日本社会の価値観が生み出しているように思います。

我々が考えているのは、そうした思い込みから解放された流動性の高い人材活用モデルです。具体的には、企業版ふるさと納税(人材派遣型)※6などの仕組みを活用して、中央の人材が地方で活躍する機会を創出することを考えています。そのための人材教育プログラムも準備しています。今の日本は、あらゆるリソースが中央に偏在していることに問題があります。そうした人材が地方で健全に活躍してもらうことで、活力ある分散型社会の実現が可能になると考えています。

——DX推進事業の今後の成果が楽しみです。

菅原 いま、わたしたちがやっているのは、デジタル化のためにでこぼこな道を整備し、アスファルトを敷き詰めるようなこと。ある意味、公共事業にも似ていますが、そこに大きな予算はついてきません。しかし視点を変えれば、そうした活動だからこそ多くの競合他社は参入してこられず、エルテスがリーディングカンパニーを目指すことができる、ともいえます。国や自治体、企業のDXに大きく貢献しながら、会社としての利益を最大化いく——。とても難しいチャレンジですが、わたしたちなら必ず実現できると思っています。

株式会社JAPANDX

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※1エストニアで電子政府プロジェクトに大きく貢献したリアルシステムズ社が開発したビッグデータ解析ツール。エルテスは2016年から同社と業務提携し、国内金融機関などに向けて提供を開始した。

※2 コンピュータやネットワークなどの情報通信技術(IT)を行政のあらゆる分野に活用することで、国民・住民や企業の事務負担の軽減、利便性の向上、行政事務の簡素化・合理化などを図り、効率的、効果的な政府・自治体を実現しようとするもの。

※3 UXPの技術検証の他、不動産や相続関連ビジネスにおいて、既存のデータベースに大幅な改修を加えることなく、複数の事業者がセキュアに情報共有する仕組みへのUXPの応用などを検討。UXPのテクノロジーとしての将来性は、日本の金融機関でも高く評価されている。

※4 遠隔教育や医療、ドローンによる自動配送や自動車の自動運転、キャッシュレス決済など、地域の課題を解決するための先端技術を実装した「未来都市」を、国や地域、事業者が一体になって実現させようという取り組み。

※5 民間企業のサービスやテクノロジーを集結し、地方自治体に効果的に還元することで、市民生活の向上ならびに自治体のDXを強力に後押しすることを目的とした構想。ICTを活用した地域課題解決型サービスの導入を推進し、住民・地方公共団体・民間企業が相互にメリットを得られる機動的なDX推進を目指す。

※6 地方に新たな民間資金の流れを生み出すために創設された「企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)」の人材版として、2020年10月からスタート。専門知識やノウハウを有する人材を、寄付を行う企業から地方公共団体等へ派遣。企業はその人件費などの寄付額に応じて税の優遇を受けることができる。

プロフィール

菅原 貴弘(TAKAHIRO SUGAWARA)

菅原 貴弘(TAKAHIRO SUGAWARA)

株式会社エルテス 代表取締役 東京大学在学中の2004年にエルテスを創業。インターネット掲示板、ブログ、SNSなど新しいテクノロジーが生まれるたびに、その反動で発生するトラブルに着目し、デジタルリスク事業に取り組む。2016年11月に東証マザーズ上場。また、リスク情報分析と危機対応支援を行うAIセキュリティ事業を手がける戦略子会社を2017年に設立するなど、リスク検知に特化したビッグデータ解析ソリューションを提供する事業領域を拡大させている。

三川 剛(TAKESHI SANKAWA)

三川 剛(TAKESHI SANKAWA)

株式会社エルテス 執行役員 リスクコンサルティング本部長 兼 事業戦略本部長 富士銀行に入行後、ボストンコンサルティンググループを経てドリームインキュベータの創業に参画。その後アドバンテッジ・パートナーズ、アファリス創業などを経てgumiに入社。執行役員事業戦略事業室長を歴任後、トランスコスモス株式会社へ。 2020年、株式会社エルテスに入社。子会社設立、新規事業であるDX推進事業を主導。