海外テロ対策から日常の安全対策まで。エルテス×「フィジカルリスク対策のプロ」が生み出すシナジーとは?

エルテスが、「AI×セキュリティ」を掲げて警備業界に参入するにあたって、完全子会社であるエルテスセキュリティインテリジェンス(以下、ESI)を立ち上げ、アサヒ安全業務社を完全子会社化したことは、すでにお伝えしたとおり(『テクノロジーで警備業界を変革する——。セキュリティDXに挑む「AIK(アイク)シリーズ」の実力』。アサヒ安全業務社は50年近くの社歴を誇る警備会社で、警備事業における長年の知見とノウハウは、ESIのセキュリティDX戦略に欠かせない存在であるが、実はその傘下に身辺警護や自然災害対策、海外安全対策、テロ対策など、幅広いリスクに対応できるグループ会社「S&T OUTCOMES」を擁することはあまり知られていない。そこで今回は、エルテスと「フィジカルリスク対策のプロフェッショナル」とが出会ったことで、「どんなシナジーが期待されているのか?」について、S&T OUTCOMES代表取締役の菊地信好と、エルテス警備事業部の島嵜直樹に聞いてみた。

多彩な経歴をもつメンバーからなる、プロテクション領域のプロフェッショナル企業

──ESIがアサヒ安全業務社を完全子会社化したのは2020年12月のこと。島嵜さんは、それ以前からS&T OUTCOMESの存在を知っていたのでしょうか。

島嵜:実をいうと、まったく知りませんでした。私たちがアサヒ安全業務社との協業を検討しはじめたときに考えていたのは、とにかく実績と歴史のある警備会社をパートナーに迎える必要があるということ。「伝統的な警備業とデジタルテクノロジーを融合させ、デジタル新時代の新たな警備業を創出する」というビジョンは固まっていたものの、警備業界については右も左もわからない状態でしたからね。

その後、実際にアサヒ安全業務社との協業を進める過程で、S&T OUTCOMESについて詳しく知るようになったのですが、「ユニークな事業をやっている会社がグループに加わってくれたんだな」と驚きました。

──その「ユニークな事業」について、菊地さんからご説明いただけますか。

 

菊地:S&T OUTCOMESは一般的な警備事業のほかに、プロテクション(身辺警護)や自然災害対策、海外での安全対策、テロ対策に特化した事業を展開しています。

当社の創業メンバーの経歴は、元自衛隊員や要人の警護にあたっていた者、海外での任務及びインストラクター経験者とさまざま。私自身は、パーソナルプロテクションのトレーニングを受けたことをきっかけに警備業界に入りました。そんなメンバーが集まったので、「それぞれの経験を活かしてほかの警備会社にはできないサービスを提供しよう」と考えて会社設立時からプロテクションや海外安全対策を事業の柱にしてきました。

「徹底した現地調査」こそが危機管理の基本

──プロテクションというのは、私たち一般人にとってあまり馴染みのないキーワードです。実際には、どのような活動を行っているのでしょう。

菊地:ひとことで言うと「クライアントの身辺警護・警備」といったところです。ドラマや映画の影響もあって、身辺警護というと「お客様にぴったり張り付いて身を護る仕事」というイメージが強いかもしれませんが、活動はそれだけではありません。プロテクション領域の業務でもっとも重要なのは、身辺警護をはじめる前におこなうリサーチ。つまり、徹底した情報収集や調査なんです。

たとえば、お客様に敵対している人物はいるのか、いるとすればそれはどれくらいの脅威なのか、持病はあるのか、どんな家族構成なのか、ご家族はどんな社会的地位にあるのか、お子様がいるならばどんな学校に通っているのか……。公私を問わず、お客様の身辺にあるすべてのリスクを洗い出し、それらをひとつずつ潰していくわけです。そして、そうしたリサーチがあってこそ、違和感や微妙な変化を素早く察知し、お客様の安全を確保するための行動が選択できる。

正直、地味な作業なのでドラマや映画ではあまり描かれませんが、実際にはかなり多くの時間を調査に割いているんですよ。

──身辺にあるすべてのリスクを洗い出し、それらをひとつずつ潰していく。プロだけでなく、私たちの日常生活にも応用できそうな考え方です。

菊地:おっしゃるとおりです。このリスクコントロールの技術や知識こそが当社の最大の強みで、自然災害対策や安全対策の根幹にもなっています。
一例をあげると、私たちは施設警備を請け負っている通常の現場においても応急手当や防犯のセミナーをおこなっており、そこで働くスタッフの方々へ向けて日常の危機管理についての指導や提言をさせていただいています。
具体的には、施設の防犯対策や施設内での安全確保、けがをした場合の応急処置の知識などになりますが、それぞれの施設にあった危機管理をお伝えするには、当然、徹底した現地調査が欠かせません。もちろん、知識をお話しするだけでなく、災害時に安全を確保したり、実際に応急処置ができるようになるトレーニングもご提供しています。

ダッカのテロ事件で激変した「海外での安全対策の常識」

──海外での安全対策やテロ対策については、どのような活動を行っているのでしょう。

菊地:海外に進出する企業向けの海外安全対策セミナーが、事業の柱のひとつになっています。最初にセミナーを実施したのは、会社を設立した翌年の2016年。アフリカに進出する企業に向けたものでした。

海外での安全対策においても、いちばん重要なのは事前のリサーチです。これから行く国はどういう社会状況なのか、経済状況はどうか、信仰している宗教はなにか、対日感情はどうか……。セミナーでは、そういったことをふまえて、外出先での歩き方から建物への入り方などをお伝えしています。日本では“当たり前のようにやっている行動”が、海外では危険につながることもありますからね。

特に、2016年にバングラデシュのダッカで起こったレストラン襲撃人質テロ事件以降は、海外での安全対策の常識がガラリと変わってしまいました。

──ダッカのレストランがイスラム過激派組織のメンバーに襲撃され、7人の日本人を含む22人が死亡した事件ですね。この事件以降、海外での安全対策の常識はどのように変わったのでしょうか。

菊地:かつてのイスラム過激派組織が起こすテロといえば、2001年の同時多発テロに代表されるように、膨大な時間と費用、人的コストをかけた大規模なものが計画される傾向がありました。

しかし、それだとコストの負担が大きすぎるうえに、実行までの期間が長くて、途中で計画が漏れてしまう可能性がある。それで、ある時期からは規模が小さくなり、単独あるいは兄弟や知人などの少数で共謀するようなテロが増えていくことになります。2010年代半ばにISIL——いわゆるイスラム国が数多くのテロを成功させたのは、そういった小規模のテロ集団と連携するなど、その変化をうまく利用したからです。

テロの規模が変化したのと同時に、ターゲットも変わりました。ダッカの事件がまさにそうだったように、海外からの観光客に人気のホテルやレストランが狙われるようになったのです。

と、こんな話をすると「イスラム国はもう消滅したでしょ」と思う方もいるかもしれませんが、そうではありません。イラクとシリアにおける支配領域こそ喪失しましたが、その後はインドネシアやマレーシアといった東南アジアのイスラム教徒が多い地域に拠点を移して、活動を続けています。

──東南アジアは日本人にとってもなじみの深い地域。そこへ仕事で行く人はもちろん、観光客にも危機管理が必要になりそうです。

菊地:脅かすわけではないのですが、中東や東南アジアに限らず、海外では日本の常識が通用しないケースが少なくありません。日本のように女性が夜中に一人で出歩くなんてありえないし、昼間でも治安が悪い地域だってあります。

実際、2020年に安全対策研修実施のためにアフリカの某国に行ったのですが、ホテルの外に出た瞬間から、こちらを注視する視線を感じました。日本にいるときとはまったく違う目で見られていることを意識しないと、トラブルに巻き込まれやすくなるので注意してほしいですね。

──企業や学校向けのセミナーでは、そういった基本的な知識や対策を伝授しているわけですね。

菊地:そうした講義に加えて、実際の対応術もレクチャーしています。たとえば道を歩いているときに、危機に遭遇した場合はどうすればいいか、といった実技もその一つ。例えば、銃器とは縁遠い日本人の場合、発砲音に遭遇しても呆然としてしまうことが多いのですが、発砲事件が身近な地域の人は、音を聞いた瞬間すぐ床に伏せたり、机の下へ飛び込んだりします。そうした数秒の差が生死を分けるので、実技を通して身体で覚えていただくようにしています。

フィジカルリスク対策のプロ×デジタルリスク対策のプロ

──では最後に、自然災害対策についてお聞かせください。プロテクションやテロ対策のプロフェッショナル集団が、自然災害対策を手掛けるようになったきっかけは何だったのでしょう。

菊地:今年もすでに甚大な被害を出してしまいましたが、ここ数年、日本では毎年のように大きな自然災害、水害や水難事故が発生しています。そして、世界的な気候変動の影響がその一因になっているのだとすれば、今後もこの傾向は避けられません。

そうしたなかで、「危機管理のプロとしてリスクに備えるお手伝いが出来るのではないか」と考えたのが、自然災害対策を手掛けるようになったきっかけです。活動の内容としては、自治体や団体を対象に自然災害対策のセミナーを行っています。

──セミナーの内容について、詳しくお聞かせください。

菊地:こちらのセミナーでも、危機管理のためには事前のリサーチが大事ということをお伝えしています。自分が居住している、あるいは日常的に活動している地域にどのような地理的リスクがあるか、過去に起きた災害での被害はどんなものだったかなどをもとに、“ifファクター”を挙げていただくようにしています。

たとえば、「家にいるときにそれが起きたらどうする?」「移動中だったらどうする?」「家族が別々にいるときだったらどうする?」と、さまざまな“if”の可能性を挙げて、ひとつずつ対策を考えていく。さらには、発生しやすいトラブルやトラブルの際の危険な行動などについても理解してもらう。そうやって身の回りの脅威を正確に把握することで、万が一のときにもしっかり対処できるようになります。

──お話をうかがってきて、S&T OUTCOMESにはフィジカルリスク対策の知識・スキルが蓄積されていることがよくわかりました。一方、エルテスはデジタルリスク対策のプロ。インテリジェンスを活用したリスク対策など、共感する部分も多いのではないでしょうか。

島嵜:私たちが警備業界に参入したのは、まさに「インテリジェンスを活用してリスクを回避するようなアプローチをしていきたい」「それによってセキュリティ業界のあり方まで変えていきたい」と思ったからです。その意味で、S&T OUTCOMESはわれわれと世界観を共有している。菊地さんのお話をうかがって、あらためてそれを確認できました。

先ほど水害対策の話が出ましたが、エルテスグループでは先日、AIを活用した自治体向け冠水検知サービスについて、パートナー企業と実証検討の実施に合意したばかりなんです。いまはS&T OUTCOMESとエルテスはお互いに異なるアプローチを用いて別々に動いていますが、同じゴールに向かって進んでいるのは間違いない。今後はどんどんコラボレーションできる領域が増えてくるはずです。

▶冠水検知サービスに関するプレスリリースはこちら

菊地:楽しみにしています。私たちはセキュリティのプロとして十分な知識や経験があると自負していますが、人は必ずミスをしますし、24時間365日考えつづけることはできません。その一方で、機械はずっと稼働することができますが、だからといってすべてを機械に任せされるわけでもはない。AIが収集した情報も、最終的には人が精査する必要があるでしょう。

島嵜:S&T OUTCOMESのサービスはプロフェッショナルにしかできない質が高いものですが、物量的・人的な面に目を向けると、そこには限界があります。それをデジタル転換できるところは変えていけば、無数の人にサービスを提供することができるのではないでしょうか。

菊地:そう考えると、ベストなのはまさに「人と機械のミックス」だと思います。その刺激的な試みに参加できるのは、私たちにとっても光栄なことです。

島嵜:ありがとうございます。一緒にイノベーションを起こし続けましょう。

菊地:エルテスやESIがやろうとしている「AI×人のセキュリティ」という考え方には、S&T OUTCOMESも大いに共感していますし、力をあわせることで新たな警備業の創出を実現できると確信しています。

プロフィール

菊地 信好(NOBUYOSHI KIKUCHI)

菊地 信好(NOBUYOSHI KIKUCHI)

株式会社S&T OUTCOMES 代表取締役 身辺警護業務を中心に、施設警備やイベント、交通誘導などの各種警備業務、外資系企業に対する危機管理業務や不当要求対策等に従事。2015年に株式会社S&T OUTCOMESを設立し、代表取締役に就任。同社の活動として警備業務とともに、海外赴任者向けの安全対策研修、陸上自衛隊への訓練支援、防犯・防災・テロ対策・危機管理等の各種セミナーに取り組む。

島嵜 直樹(NAOKI SHIMAZAKI)

島嵜 直樹(NAOKI SHIMAZAKI)

株式会社エルテス 事業戦略本部  警備事業部 部長 東証一部ゲーム会社/婚活会社マーケティング責任者、婚活ビジネスの起業を経て現職。AIセキュリティ事業において営業・開発・ブランディングの指揮を執る。