テレビやネットを通じて、頻繁に目に飛び込んでくるネット炎上関連のニュース。長引くコロナ禍もあって、企業や著名人の炎上が増えつづけているように感じる。デジタルリスクの第一人者として、ネット上のリスク監視やデータの収集・分析を手掛けているエルテスは、そうした状況をどう見ているのだろうか。2021年上期(1月~6月)における炎上トレンドや、そこから推察される今後のデジタルリスク、そうした炎上を未然に防ぐための対策などについて、リスクコンサルティング本部の國松諒に聞いてみた。
コロナ禍以降、「SNSの使われ方」が掲示板に近くなっている
──コロナ禍が長期化する中、企業や著名人のネット炎上※1が増えてきたように感じます。また、問題視された著名人や企業へのボイコットを呼びかける「キャンセルカルチャー」という言葉を見かける機会も増えました。実際のところ、炎上事案は増加傾向にあるのでしょうか?
國松 炎上の数自体は、ここ数年ずっと上昇トレンドにあります。ネット利用者の数が増え続けているため、「炎上参加者」も増えているからです。もちろん、切り取る期間によっては多少の上下動はありますが、全体的なトレンドはしばらく続くでしょう。
※「2021年上期のネット炎上レポート」記事より抜粋した2020年7月~の炎上対象区分の変遷
また近年はコロナ禍にあって、緊急事態宣言や移動の自粛が長期化し、みなさんのSNSの使い方が変わりつつある印象です。
──SNSの使い方が、どのように変わっているのでしょうか。
國松 変化が顕著にあらわれているツイッターを例にお話しましょう。以前のツイッターは、コミュニケーションツールに近いSNSだと認識されていて、多くのユーザーが見知ったアカウントと意見交換をするための場として使っていました。
けれども最近は、ユーザーがニュース記事などを投稿すると、そのトピックに対して不特定多数のユーザーが集まってきて一方的なコメントをつけていきます。そして結果的に、それぞれのユーザーが好き勝手に書いたコメントがずらりと並んでいく。つまり、ネット掲示板のような使われ方に変わってきているのです。
──不特定多数が盛り上がる、「祭り」と呼ばれる状態になりやすい環境へと変化したわけですね。
國松 加えて、ユーザーの知識量が増加していることも、炎上を招く大きな要因だと考えています。昔は世の中の事象についてマスメディアが圧倒的な情報量を誇っていましたが、いまはインターネットを通じて誰でも情報にアクセスできる時代。一般の人でも、自力でさまざまなことを調べられます。場合によっては、ツイッターに投稿されたニューストピックについて、ニュース記事を配信したマスメディアよりもツイッターユーザーのほうが詳しかったりすることもありますよね。それで「ほかにも、こんなことがあったはずだ」「ここを論点にしないのはおかしい」などのつっこみが相次ぎ、結果として炎上してしまうわけです。
ただし、こうした変化については企業側も察知しているようで、弊社もプロモーションの開始前やコンテンツのリリース前に、「この人を起用して大丈夫か」「この観点でつっこまれないか」といったご相談を受ける機会が増えました。また、これまでは比較的チェックが緩かった海外の著名人を起用する際にも、ご相談をいただくようになり、炎上に対する危機意識が高まっていることを実感しています。
コロナ、東京五輪、情報漏えい……。2021年上期の炎上トレンドは?
──エルテスでは、独自に「2021年上期のネット炎上レポート」※2を制作しているとか。そのレポートをもとに、直近の炎上の傾向について教えてください
國松 2021年1月~6月の炎上件数を月ごとに見ていくと、最多となったのは3月でした。この月は、ほかの時期と比べて顧客クレーム・批判、情報漏えい/内部告発を要因とする炎上が多く見られた点に特徴があります。
また、開催を直前に控えた東京五輪関連の炎上が多かったのも特徴のひとつ。前期には炎上全体の1割にも満たなかった自治体・団体を対象とした炎上が増加し、上期全体の炎上比率の16%を占めました。2021年5月に限っていえば、東京五輪関連が月間の炎上比率の28%を占めています。
そのほか、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策に関連して、行政関係者などの言動に対する炎上も多く見られました。
※「2021年上期のネット炎上レポート」記事より抜粋した2020年7月~の炎上内容区分の変遷
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──2021年上期の炎上の中で、注目に値する事案はありましたか?
國松 いくつかありますが、特に注目したいのはIT企業の炎上です。IT企業の炎上は過去1年以上ほとんど確認されていなかったのですが、ここにきて目立つ事案が立て続けに起こりました。中でも大きく炎上したのが、あるウェブサービスが外部の不正アクセスを受けて情報漏えいしたケース。会員登録に必要な運転免許証や健康保険証などの画像データが顔写真付きで流出してしまったのです。
近年、個人データは「石油に変わる国際的な戦略物資」と呼ばれるほど貴重なものだという認識が広がっていて、多くの人が個人テータにはセンシティブになっています。したがって、漏えいすると「個人データを安全に管理できない企業はだめだ」と直ちに炎上してしまう。“不正アクセスを受けた”という点を冷静に考えれば、このIT企業はある意味で被害者でもあるのですが、世間はそうは見てくれません。
そして、あらゆる事業者が大量の個人データを保有する時代である以上、こうした事例はどの企業にとっても他人事ではありません。世の中のウェブサービスは日進月歩で増え続け、それに比例して個人データも収集されているのに、サービスを提供する側が追いついていない。そんな社会構造が浮き彫りになった象徴的な事案ではないでしょうか。
──ユーザーに実害を与えたうえでの炎上となると、企業側が受けるダメージも深刻なものになりそうです。
國松 実は、同時期によく似た事案がもうひとつ起こっていました。ある企業が、ウェブサービスの「利用規約」に不審な文言があると指摘されて炎上したんです。
問題になったのはやはり個人データの扱いで、利用規約に個人情報取得の同意を求めるような内容が含まれていたのですが、なぜか銀行口座の情報も収集すると書かれていた。実は、その企業が展開する別のサービスでは銀行口座の情報が必要だったらしく、どうやら規約の文面を流用したため起きた問題だったようです。
──「以前に法務部門に見てもらったから、流用すれば大丈夫」などと考えずに、十分な注意を払う必要があるわけですね。
國松 厳しく見るユーザーも一定数いますからね。弊社に対しても、キャンペーンなどの利用規約に関して相談が寄せられることが増えました。クライアント側の課題として、内容を変えて何度も開催されるキャンペーンの規約に関しては、社内のリーガルチェックのフローが整っていないケースが多いと感じます。
法務部門は免責の意味で何でも厳しく規約に盛り込みがちなので、実際に運用する部門が妥当性をチェックしないといけないのですが、そこで行き違いが起きるようです。
こちらも情報漏えいと同様、今後ますます増えていく課題だととらえて、しっかりと対応していきたいですね。
──上期のネット炎上レポートを拝見すると、「4月にはバイトテロが複数発生した」とあります。数年前には世間を騒がせていたバイトテロも、話題にならなくなって久しい印象でしたが、復活の兆しがあるのでしょうか?
國松 復活したというより、「定期的に起こっている」といったほうが実情に近いでしょうね。かつてコンビニのアルバイトが冷蔵ケース内に寝転んで物議を醸す事案がありましたが、そうしたセンセーショナルな事案が注目され、しばらくして下火になったところで、また似たようなことが繰り返されるんです。
過去と今の違いで言えば、さすがにツイッターのオープンな場で自らバイトテロ画像を投稿するようなユーザーはいなくなりました。しかし、鍵アカウントやLINEなどクローズドな場なら大丈夫だろうと考えて投稿し、それが晒されたりしています。
企業もアルバイトスタッフに対して研修を行うなどの対策を講じているのですが、学生バイトは卒業などでスタッフが定期的に入れ替わってしまいます。そういう意味では、継続的な研修や啓発活動などに取り組みつつ、「炎上の火種は、あらゆるところに潜んでいる」と想定しておくことが、バイトテロ対策の第一歩といえるかもしれません。
多様化するデジタルリスクと常に向き合う
──炎上の質が多様化する中にあって、エルテスが特に注力していることは何でしょうか?
國松 以前、Webリスクモニタリングの取材でもお話ししたとおり、エルテスはクライアントにインシデントが起こった際のプレスリリース作成や記者会見トレーニングなどを含め、必要に応じた危機管理・広報対応の支援をおこなっています。
とはいえ、炎上は起こらないのであればそれに越したことはありません。幸い、私たちは日本中のあらゆる炎上のデータを収集していますので、過去の事例を他山の石として、企業のみなさまに活用していただくことができる。現在は、その観点からも炎上防止のための啓発活動に注力しています。
──具体的にはどのような活動を行っているのでしょう。
國松 啓発活動の柱となっているのは、「ウェブリスクレポート」と「炎上理解セミナー」の2つです。ウェブリスクレポートに関しては、エルテスがWebリスクモニタリングを提供し始めた当初からおこなっているサービス契約企業向けのレポートです。、たとえば「広告キャラクターの価値観が時代錯誤であるとして炎上」といった月ごとのテーマを設定し、調査概要、定量調査、定性調査、類似の炎上事例などをまとめたレポートを定期報告時に提供しています。
もう一方の炎上理解セミナーは、クライアントのほかエルテスのメールマガジンを購読してくれている方にもご案内しています。セミナーは二部構成になっており、前半ではその月に起こった炎上の分類や傾向についてお話し、後半ではその月に印象的だった炎上事例をひとつ取り上げ、ケーススタディ的に解説しています。
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──最後に、今後台頭しうる炎上やSNS関連のリスクについてもお聞かせください。
國松 炎上に関しては、本質的に無くなることはあり得ないと考えますが、今はSNSのプラットフォーマーが、不適切な投稿を目に触れにくくさせる取り組みを行っていることもあり、そうした動きに注視しています。
またSNS関連のリスクという観点で今問題が大きくなりつつあるのが「なりすましアカウント問題」ですね。これは、企業がキャンペーンを行う際、キャンペーン開始からわずか数日で公式アカウントを装ったなりすましアカウントが立ち上がる問題のことで、この1年間のデジタルリスクでいちばん目立った事例のひとつです。
なりすましアカウントの投稿にはURLが貼ってあって、リンクを踏むとキャンペーンサイトを模したフィッシングサイトに飛びます。また、アカウントがDM(ダイレクトメッセージ)でユーザーとの接触を試み、個人情報の取得、フィシング詐欺への誘導、偽商品の購入サイトへの誘導がおこなわれるケースもあります。そして、そのどちらも情報漏えいや金銭的な被害へとつながっています。
──それに対して、どのような対応策を考えていますか?
なりすましを早期に検知して対応するためのモニタリングパッケージを新たに開発し、ご相談をいただいた企業に提供していく予定です。
パッケージを構成しているのは、エルテスの知見で一定の領域に対してアカウントの有無を調査する「なりすまし調査」と、なりすましアカウントの発信ややり取りに関する動向を監視する「モニタリング」。そして発見後の対応に関するコンサルティングの3つで、それらを組み合わせることで、なりすましアカウントに対する備えを支援していきます。
▶なりすましパッケージに関するお知らせはこちら
ネット炎上に代表される、デジタルリスクは、テクノロジーの進化や社会倫理の変化とともにどんどん多様化し、そのかたちを変えていくもの。私たちはデジタルリスク対策の第一人者として、これからも時代のニーズに合わせた新しい取り組みにチャレンジしていくつもりです。
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※1 オフライン・オンラインでの行動や発言に対して、ネット上で批判が殺到し、拡散している状態を指します。対象に対する批判の投稿量が、通常時と比較して有意に多いことが条件となります。
※2 SNSやメディアの中で、批判が殺到しやすい媒体を複数選定し、常時ウォッチング。炎上事例と認定された事案について、“炎上対象”と“炎上要因”の2つの観点から分析しています。
プロフィール
國松 諒(MAKOTO KUNIMATSU)
リスクコンサルティング本部 第1セールス部長 兼 第1カスタマーサクセス部長 2015年エルテス入社後、デジタルリスク事業のセールスおよびカスタマーサクセス担当者として、500社以上の企業案件に従事。2019年より現職に就任し、日々変化するデジタルリスクの中で、事業活動を通して企業を取り巻くリスクとその対応策を開発、提供を行っている。