自治体DX推進事業のフェーズは「実証」から「実装」へ──。全国各地にスーパーアプリを導入し、自治体のDX化を加速させる!

エルテスが、新たなコア事業と位置づける「自治体DX推進事業」。その第一歩として、岩手県紫波町との包括連携協定を結んでから、およそ2年が過ぎた。住民向けサービスを集約するスーパーアプリの開発をはじめとする、さまざまな取り組みを紫波町で行い、そこで積み上げたノウハウを全国各地の自治体に横展開する——。かつて描いたその青写真は、現在、どのような段階にあるのだろうか。事業の進捗と今後の展望について、DX事業部の芳井圭佑に聞いた。

紫波町での実証実験でスーパーアプリの必要性を再確認

──DX推進事業の「現在地」を伺う前に、プロジェクトがスタートした背景やここまでの経緯について、あらためてお聞かせください。

芳井 エルテスが、自治体DX推進事業に参入した背景からお話します。エルテスは、早期からデジタルガバメント分野(※1)の可能性に着目しエストニアの電子政府で活用されているデータ連携基盤「UXP(Unified eXchange Platform)」のライセンスを保有し、来たるべき日本の電子政府化に寄与すべく、準備を進めていました。

折しも、前政権が『スーパーシティ構想』を掲げたことにより、エルテスはスーパーシティを目指す全国の基礎自治体に「UXP」を提案、データ連携基盤領域のみならずアプリケーション領域においてもエルテスのスーパーアプリ構想を同時提案し、その方針を高く評価されました。全国12自治体から連携事業者として採択されたことでエルテスの「自治体DX事業」の礎が確立されました。

そのファーストステップとして、DX化に向けた包括連携協定を初めて結んだのが岩手県紫波町です。紫波町はエルテスの代表である菅原の出身地であるとともに、過疎化や高齢者対策などの課題に対して先進的な取り組みを行うことで知られ、官民連携プロジェクト「オガールプロジェクト(※2)」を成功させたことで全国的にも有名な自治体です。

紫波町にあるエルテス本店

その紫波町におけるDXを一手に担うということはエルテスの「自治体DX推進事業」を拡大させる上で非常に大きな意味を持ち、紫波町にエルテスが開発した住民向け総合ポータルアプリを導入することで、さまざまなフィードバックが得られるだろうとの思いがありました。紫波町は人口約3万3千人という規模感を含め、新たな取り組みを現場のフィードバックも受けながら推進できる最適なパートナーだったと思います。

──住民向け総合ポータルアプリとは、昨年9月にリリースした「しわなび」のことですね。「しわなび」は、「スーパーアプリ構想」のモデルケースだと伺っていましたが、導入後の手応えはありましたか?

芳井 最大の収穫は、「スーパーアプリ構想の概念に間違いはなかった」という確証を得られたことですね。スーパーアプリ構想が目指しているのは、住民の利便性が格段に向上する各種ソリューションを総合ポータルアプリとして一つに集約すること。つまり、住民はアプリひとつであらゆる行政情報や行政サービスにアクセスできるわけです。また、将来的に住民の質問に答えるチャットボットなどを実装できれば、困ったことがあったときに役所に出向いたり、電話したりする必要もなくなるでしょう。

──自治体におけるDXというと、「役所の業務効率化」が中心になるイメージですが、エルテスの取り組みは視点が違うようです。

芳井 むしろ、住民向けのサービスに特化していますね。あくまで住民目線で双方向の行政サービスを実現するのが、私たちの目指す世界なんです。そして、紫波町での取り組みを行ったことで、スーパーアプリ構想の必要性を再確認することができました。

 

宮崎県延岡市との取り組みで真のスーパーアプリが完成

──2022年に入ってから、複数の自治体と包括連携協定を結んだそうですが、現時点でどの自治体とどのような取り組みを行っているのか教えてください。

芳井 まず、2022年3月に、紫波町に隣接する矢巾町と包括連携協定を結びました。その後、8月に岩手県釜石市、11月には奈良県田原本町とも連携協定を結びました。

具体的な取り組み事例を挙げていくと、矢巾町とはスーパーアプリの機能充実のため、追加機能について意見交換しているほか、今年度はマイナンバーカードとマイナポイントの申請支援事業や、大腸がん健診の受診促進事業をお手伝いしています。

いくつかの自治体では、来年度の予算でスーパーアプリを作っていくことが決まっています。

──以前のインタビューでおっしゃっていた、「地方自治体のDX化におけるプラットフォーマー的な立場を築いていきたい」という思いが、少しずつ具現化されていると感じます。

包括連携協定こそ結んでいないものの、7月に宮崎県延岡市にスーパーアプリ構築の事業者に選定していただき、12月1日に提供を開始しました。私自身は、現在のフェーズを「実証から実装へ」と位置づけていますが、その意味では延岡市のスーパーアプリが、「実装へ」に向けた第1号になりますね。

──紫波町の「しわなび」と延岡市のスーパーアプリに違いはあるのでしょうか?

芳井 先ほどお話したように、紫波町での取り組みは「概念実証」に近いものです。そのため、スーパーアプリという容れ物は作ったものの、実質的な機能としては紫波町の既存のアプリやウェブサイトへのリンクまでに留めていました。

 

のべおかポータルのイメージ

一方、延岡市のスーパーアプリは、市が行政サービスとして提供するアプリやウェブサービスの機能をポータルアプリ上で一元化。すでに実装している「のべおかCOIN」「のべおか健康マイレージ」「防災のべおか」といったアプリともAPI連携(一部、今後の機能実装)を実施し、スーパーアプリにログインしてしまえば、個別のアプリへのログインは必要のないシングルサインオンの仕様で設計してあります。

ほかにも、ユーザーインターフェース(UI)を充実させ利用者にとって不要なアプリを削除したり表示順を変更できる機能や、アプリ間を横断したプッシュ通知の統合も実装しています。それによって、一人ひとりに必要な情報を集約した、本当の意味での住民向け総合ポータルアプリが完成したと自負しています。別の言葉で表現するなら、「デジタル住民サービスの玄関口」といったところでしょうか。

デジタルとアナログの両輪で地方DXを推進していく

──1年前と比べて、事業展開のスピードが加速していますね。

芳井 紫波町での実証の最中に、岸田政権がデジタル田園都市国家構想を打ち出し、基礎自治体のデジタル化への機運が高まったことが大きな追い風となりました。現在は、この流れを好機と捉えて、いくつかの自治体にこちらからアプローチしている状況で、先ほどお話した延岡市もその一つです。

延岡市とは、スーパーシティ構想における連携事業者という関係性でもありましたが、デジタル田園都市国家構想がスタートしたタイミングで改めてエルテスのスーパーアプリ構想をご評価頂き、その後の協議を経て「延岡ポータル」構築事業として受託させて頂くことになりました。

──とはいえ、デジタル田園都市国家構想が追い風になっている事業者はエルテスだけではないはず。DX化のパートナーとしてさまざまな選択肢があるなか、エルテスが多くの自治体に選ばれているのはなぜだとお考えですか?

芳井 要因はいくつかあると思いますが、やはりエルテスの取り組みが、住民向けサービスに特化していることが大きいのではないでしょうか。

 

芳井 たとえば、行政から「DX化に取り組みたい」と相談を受けたとき、方向性として考えられるのは「庁舎内の生産性向上」と「住民向けサービス向上」の2つです。では、事業者から見てその2つの収益性はどうでしょう。後者は、工数がかかるわりに収益が少ないので、敬遠されがちです。しかし、私たちは住民向けサービスに特化して、住民目線でDXを推進していくことこそ自治体DXの近道だと考えている。そこが大きかったのではないかと思います。

もう一つは、「デジタル技術とマンパワーのハイブリッド」というエルテスの強みを評価してくださる自治体が多いからだと考えています。

住民サービスの向上を目的にスーパーアプリを開発したとしても、実際に住民がそれを使ってくれなければ意味がありませんよね。そこで私たちは、アプリとマンパワーをセットで提供し、住民向けの現地説明会を開いたりしながら、普及を後押ししています。

──デジタルとマンパワーを融合させるやり方は、デジタルリスク事業においても共通していますね。

芳井 ただ、そうやって住民への説明を重視するなかで、「どれだけ説明を尽くしても、デジタルデバイド(※3)を完全に解消するのは難しい」という課題も感じています。どの自治体にも、デジタル化、DX化から取り残されてしまう方が必ず一定数出てきてしまうんです。もちろん自治体もその点は理解していて、そうした状況に頭を抱えていますが……。誤解を恐れずに言うなら、一旦、デジタルデバイドを受け入れて前に進まないと、デジタル化、DX化の促進は実現できないでしょう。

それは海外の事例を見ても明らかで、世界デジタル政府ランキング上位のスウェーデンなどは、電子政府政策を段階的かつ半ば強制的に導入することで、飛躍的なデジタル化を成し遂げました。日本でもそれを実行する時期にきていると思うのですが、行政はどうしても取り残される人たちのことを気にしてしまう。

──その課題を解消するには、何が必要だとお考えですか?

芳井 行政側の意識改革ではないでしょうか。行政が掲げる「誰一人取り残さない」という理念はとても立派で、気持ちの上では賛同します。しかし、そこを重視しすぎると、次のフェーズには進めない。「まずは、デジタルに抵抗がない方にフォーカスして、デジタルを使い慣れていない方には、別の方法や支援によって、デジタル化、DX化に参加してもらいましょう」という具合に、職員の意識を変えていく必要があると思います。

つまり、本気でデジタル化やDX化を達成しようとすれば、デジタル技術を提供するのと同時に、住民と自治体職員にも働きかけないといけない。

──先ほどの「デジタル技術とマンパワーのハイブリッド」というやり方は、そうした場面でも生かせそうです。

芳井 その通りです。技術の提供や住民への説明に加え、役所にも人員を送り、助言やアドバイスによって職員の意識面でのDXを図る。それをできるのがエルテスの強みだし、それを実践することで地方DXをさらに推進させたいと考えています。

延岡市への寄付及び企業版ふるさと納税(人材派遣型)に関する感謝状贈呈式の様子

基礎自治体から広域自治体、そして国家レベルのプロジェクトへ!

──では最後に、今後の展望についてお聞かせください。

芳井 これまでお話ししてきたスーパーアプリなどの施策は、あくまでも基礎自治体という枠のなかでの取り組みです。たとえば、エルテスはいま岩手県において紫波町、矢巾町、釜石市の3つの自治体と連携協定を結んでいますが、現状で住民が受けられるのは基礎自治体単位のサービスだけ。「岩手県民」としてのメリットは享受できません。

ですから、次はこれを「点」から「面」に展開していきたいと考えています。仮に、エルテスのデータ連携基盤を岩手県に導入し、岩手県全域の自治体のデータを連携できれば、県内の別の自治体に引っ越したときにも、すべての行政手続きがアプリ上で完結できますよね?まだまだ構想段階ではありますが、頭に描いているのは、そんなイメージです。

いまのところ、広域自治体でデータ連携を実現した例はありませんが、47都道府県のどこか一つに前例をつくることができれば、エルテスの当初からの目的である「国家レベルのプロジェクトの実現」が射程圏内に入ってくる。

けっして非現実的な話ではないと思うので、これまで通り、一つひとつの自治体やそこに暮らす人たちと向き合う姿勢を大切にしつつ、着実に自治体DX推進事業を進めていきたいですね。

 

 

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※1 コンピュータやネットワークなどの情報通信技術(IT)を行政のあらゆる分野に活用することで、国民・住民や企業の事務負担の軽減、利便性の向上、行政事務の簡素化・合理化などを図り、効率的、効果的な政府・自治体を実現しようとするもの。

※2 民間主導でスピーディに公共事業を進める「オガールプロジェクト」とは、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップの略で、公民が連携して公共サービスの提供を行うスキームのこと)の成功例として、全国の自治体から大きな注目を集めている。

※3 インターネットやコンピュータを使える人と使えない人との間に生じる「格差」のこと。

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プロフィール

芳井 圭佑(KEISUKE YOSHII)

芳井 圭佑(KEISUKE YOSHII)

株式会社エルテス 営業本部 DX事業部 部長 大学卒業後、出版社で広告営業に従事し各種メディアミックスや新規媒体のプロデュースを手掛けた後、スタートアップ取締役、一部上場子育て支援事業会社で自治体官公庁向けサービスの事業開発責任者を歴任。2020年エルテスに入社。2022年初頭より自治体DX専任として事業を牽引、デジタル田園都市国家構想政策などの追い風を受けながら加速度的に事業を拡大させる。また、2022年10月からは宮崎県延岡市の非常勤特別職として「DX推進アドバイザー」に着任。エルテスと延岡市職員の両側面から同市のDXを強力に後押しする。