プロスポーツ界屈指のデジタルマーケティング巧者とエルテスが目指す「攻め」と「守り」の新戦略

近年、プロスポーツの世界でも、SNSやYouTubeを活用したファンサービスが盛んに行われるようになった。それ自体は、時代の流れに沿った施策と言えるのだが、そこには常に「炎上」という言葉もつきまとう。そうしたなか、プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」1部に所属する川崎ブレイブサンダースは、YouTube、TikTokといった新しいプラットフォームを活用してファンを増やす取り組みと共に、選手を対象としたSNS研修を実施するなど、チーム内のデジタルリスクに対する意識改革も行っている。今回は、プロスポーツ事業ならではのSNS戦略と、そこにひそむデジタルリスクへの対応策について、株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部の藤掛直人部長と、株式会社エルテスリスクコンサルティングセールス部長の阪田雅洋に話を聞いた。

プロバスケクラブのマーケティングにおいて、SNSは欠かすことのできない存在

――まずは、川崎ブレイブサンダースについて、簡単にご紹介ください。

藤掛 『MAKE THE FUTURE OF BASKETBALL〜川崎からバスケの未来を〜』をミッションに活動している、Bリーグ所属のプロバスケットボールクラブです。昨シーズン、リーグの最優秀選手賞に選ばれた藤井祐眞選手や、日本代表の元キャプテンである篠山竜青選手などが所属しており、2021年と2022年には天皇杯の連覇を達成しました。

事業的なところで言うと、SNSの運用を始めとするデジタルマーケティングがクラブの大きな強みとなっていて、クラブ公式YouTubeチャンネルの登録者数はBリーグ、Jリーグ含めて1位。TikTokのフォロワー数も、日本のプロスポーツクラブの中では読売ジャイアンツに次ぐ2番目です(※1)。

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――プロスポーツ界において、SNSは現状どのような役割を果たしているとお考えでしょうか?

藤掛 プロスポーツは、ファンの方々あってのもの。いかに多くの方に、選手やクラブのことを知っていただき、好きになっていただくかが非常に大事です。これまでは、その役割の多くを新聞やテレビといったマスメディアに委ねるしかありませんでしたが、近年はSNSを活用して、クラブや選手個人が手軽に情報を発信できるようになりました。自分たちのありのままの姿や、チーム、選手の背景にあるストーリーなどをファンの方々と共有していくという意味で、SNSはとても重要なツールだと思っています。

阪田 SNSを活用するにあたって、野球やサッカーとは異なる、バスケならではのファンづくりのポイントはあるのでしょうか?

藤掛 現状、プロスポーツとしてのメジャー度では、野球やサッカーには遠く及ばず、マスメディアで取り上げられる機会も少ないのが実情です。たとえば野球だと、球団ごとに番記者がついていて、本当に些細なことが新聞の一面になったりしますが、バスケの場合はそういったことがまったくない。だからこそ、いかにマスメディアに頼らず、クラブから情報を広く届けられるかがポイントだと思っています。

阪田 なるほど。マスメディアを通じて、勝手に情報が流れるリスクが少ないかわりに、発信したいことをクラブ側がきちんとマネジメントしないといけない、ということですね。

 

――情報をマネジメントする上で、クラブが特に大切にされているのはどのような点ですか?

藤掛 ”クラブにとってどういう位置付けでそのSNSを運用していくのか”、そしてそれに紐付く形で”どんな方に見ていただきたいのか”という2点はすごく意識しています。 カスタマージャーニーで言うと、「認知」をTikTok、「興味」をYouTube、実際に足を運んでいただく「来場契機」をLINEの役割とし、ある程度川崎ブレイブサンダースを知っている方に、より愛情や熱量を深めていただくためにTwitterやInstagramを運用するという道筋を立てています。「バスケ」や「川崎ブレイブサンダース」をテーマにしたコンテンツを扱うにしても、誰に見ていただくかで運用方法や伝え方が変わるので、その点はすごく意識していますね。

例えば、TwitterやInstagramでは、ファンの方に向けて選手の内輪ネタも積極的に投稿しますが、まだ川崎ブレイブサンダースを知らない方を想定しているTikTokでは、誰もが理解できて楽しめる表現で投稿します。具体的に言うと、「昨シーズンMVPの○○選手が」といったように、見る人がひと目で理解できる枕詞を付け加えるなど、楽しめる層を狭めないことを心がけています。

――そうしたなかで、特に大きな手応えを感じられた事例はありますか?

藤掛 2019年の夏から力を入れているYouTubeでしょうか。それまでは、プレー動画やハイライト動画での活用にとどまっていたのですが、その時期から「◯◯に挑戦してみた」といった、エンタメに寄せたテーマの企画を出すようにしたところ、一気に再生数とチャンネル登録数が伸びました。そしてただ見られるだけではなく、実際に事業成果にも繋がっています。来場者アンケートの「何を見てチケットを買いましたか?」という項目で「YouTube」と回答される方が、交通広告などを含む他媒体と比べても圧倒的に多いのです。新しいファンを増やすという意味では、すごく効果的な施策だったと思います。

阪田 そうした動画施策によって、ファン層に変化はありましたか?

藤掛 若い方が増えていますね。コロナ禍に「最大収容人数の50パーセント以下」という入場制限が設けられた際、その影響で来場者数全体が大きく減ったのですが、20代の入場者数は以前よりも増えたのです。これは20代の若い観戦者の割合が大きく増えていることを示しています。

――ここまで、川崎ブレイブサンダースの「攻め」ともいえるマーケティング事例をうかがってきました。ここからは「守り」の部分である、デジタルリスク管理についてお話を聞かせてください。

藤掛 プロスポーツクラブの情報発信はリアルタイム性が命です。またTikTokなどはトレンドの変遷が早く、どちらの場合でも「社内確認に1週間かかりました」では、コンテンツの旬を逃してしまいます。でも、スピードを意識しすぎるとリスク管理がおろそかになりやすい。そういう意味では、SNSのスピーディーな運用とリスク管理には、トレードオフな部分があると思っています。

しかしスピード感とリスク管理のどちらも捨てるわけにはいかない。だからこそ、いかにスピーディーに、かつリスクを最低限回避するかという意識付けや、それを実現するための体制づくりはかなり重要だと考えています。もちろん、審判の方や他のチーム、選手へのリスペクトを欠かないといった、最低限の部分の認識合わせは徹底していましたが、もっと高いレベルで対応していくために、デジタルリスクに関する幅広い知見と実績をお持ちのエルテスにサポートをお願いしています。

――エルテスと提携する前は、コンテンツにネガティブな反応が起きた場合、どのような対策をとられていたのでしょう?

藤掛 目に余る内容にはコメント削除などの対応をとりますが、うちの場合はネガティブなコメントに対して、SNS利用者同士の自浄作用が働いているので、その点では本当にファンの皆様に助けられています。こちらが対応する前に、コメント欄の中で「こういう部分が凄いんだ」「このプレーはこういう意味があるんですよ」とファンの利用者から是正が入るんです。

阪田 ファンコミュニティが確立しているジャンルには、今お話いただいたような自浄作用があるんですよ。ファンを大事にされている川崎ブレイブサンダースさんだからこその事例だと思います。

藤掛 また、多少ネガティブなコメントがあることは、広く情報発信ができていることの裏付けだと個人的には受け止めています。例えば、プレー関連のコンテンツに「このくらい俺も体育の授業でやった」「プロなのにレベルが低いんじゃないか」みたいなコメントがつくケースって、おそらくバスケや川崎ブレイブサンダースのことをあまり知らないからこそのものだと思うんです。つまり新しい層に届いている証なんだと前向きにとらえています。

SNSでは「個性」と「コンプライアンス」のバランス感覚が重要

――そうした流れから、2月には選手を対象にSNSの研修を行ったと伺っています。研修にはどのような意図があったのでしょうか?

藤掛 サッカーや野球より選手の人数が少ないこともあってか、バスケはクラブというより、選手ごとにファンがつく傾向の強いスポーツです。クラブとして、選手個人のファンを増やすための施策も行っているのですが、やはり選手自身の発信があるとないとでは全然違う。そういう意味では、選手自身のSNS活用がすごく重要なんです。

ただ、SNSを上手に使いこなすには、「個性を出すこと」と「コンプライアンスを遵守すること」のバランス感覚が重要になります。そして、選手自身にもそのことを理解してもらう必要があります。それで、エルテスに研修をお願いすることにしました。

阪田 川崎ブレイブサンダースさんは、デジタルツールやSNSを活用してファンを獲得してきた、プロスポーツ界における先駆者的なクラブです。いろいろな施策で認知を増やした結果、今お話しされたように選手個人のファンも増え、芸能人に近い立ち位置に入ってきています。

ただ、リスクマネジメントの観点からすると、注目度が上がったこの段階は、非常に炎上が起きやすいタイミングでもあるんです。それを考えると、このタイミングで選手の皆様に気づきを与え、成長を続けてくための土壌を作ろうとする姿勢には、とても賛同できました。

▶エルテスが提供するSNSリスク研修の詳細はこちら

――プロスポーツ選手向けの研修を行うにあたって、エルテスとして特に意識されたポイントはありますか?

阪田 ニュースなどで取り上げられている事例については、すでに共有されていると思い、大々的にはなっていないけれど、コミュニティの中で騒がれていた事例をピックアップして紹介しました。川崎ブレイブサンダースさんのように、デジタルツールを使いこなして、多くのファンとつながっているクラブの場合、コミュニティ内のちょっとした出来事が大事につながる可能性が十分に考えられるので、ぜひ覚えておいてほしいなと考えたんです。

それと、意外に見落とされがちな、プライベートでのマナーについてもお話させていただきました。現状の認知度なら、プライベートで「◯◯選手だ」と気づかれて、マナーの悪いふるまいを写真で拡散される、といったことも十分考えられますからね。

――今だったら、たちまち情報が拡散しそうなお話です。

阪田 選手たちもさることながら、周りの意識が大きく変化していますからね。例えば、モータースポーツのファンは、ドライバーが思い通りのパフォーマンスができずに、物に当たることに対して「悔しさを怒りに変えていてプロ意識が高い」ととらえる人が多いんですが、ファンコミュニティの外側にいる人は「マナーが悪い」「残念なふるまいだ」と受け取るそうです。そういう事例を聞くと、SNSの発展でスポーツ選手のプロ意識のあり方はどんどん変わってきているし、カバーしなければならない領域も増えてきていると感じますね。

藤掛 Bリーグ自体もSNS施策を重視しているので、選手たちは新人研修でSNSに関するひととおりのマナーやリスクを学んでいるんです。それでも、「研修を通じて、知らなかったことをたくさん学べた」「リスクに対する意識が少し高まったように感じる」と話していました。「デマツイートを見極めるにはどうしたらいいのか?」「本音の発信を届けるために大切なことは?」など、かなり具体的な質問もさせていただいたようです。やはり、現場の経験をもとにした事例や対処法は、すっと頭に入ってきますよね。本当にありがとうございました。

阪田 研修を担当した者からも、「これって自分たちにも起こりうるよね」とか「これってどう思う?」ということを話し合いながら、とても熱心に聞いていただいたと伺っています。お役に立てたようで安心しました。

リスク管理は「守り」だけのものじゃなく、攻めるための土台でもある

――今後、川崎ブレイブサンダースとエルテスで、やってみたいことや試してみたいことはありますか?

阪田 SNSではトレンドの移り変わりが早いので、新しい事例が次々に出てきます。今回行ったような研修を運転免許の講習のように定期的に行い、随時意識を高めるような機会をいただけたらうれしいです。

藤掛 川崎ブレイブサンダースとしても、私個人としても、リスク管理は「守り」だけのものじゃなく、攻めるための土台だと考えています。今回、エルテスのサポートで安心・安全なSNS運用が担保され、守りが固まったことで、心置きなく面白いコンテンツを作る「攻め」に注力できるようになりました。自分たちでリスクに対応しようとしていた頃と比べたら、この安心感はとてもありがたいです。

その上で、今後はSNSをはじめとするデジタルとリアルとをより融合させた施策に取り組んでいきたいと考えています。リアルからデジタルに引き込むとか、あるいはデジタルでやっていたことをリアルでやってみるとか、デジタルとリアルのコンテンツ回遊をどんどん促進していきたいですね。

阪田 クラブが「攻め」に注力できるよう、しっかりサポートさせていただきます。

 

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※1 順位は、いずれも2023年2月20日現在の情報。

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プロフィール

藤掛直人(NAOTO FUJIKAKE)

藤掛直人(NAOTO FUJIKAKE)

株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース 事業戦略マーケティング部 部長 2014年株式会社ディー・エヌ・エー入社。スマホゲームのプロデューサーを務めた後、スポーツ領域の新規事業開発を担当。2017年より株式会社DeNA川崎ブレイブサンダースに籍を移し、マーケティング領域を統括している。著書に『ファンをつくる力 デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』がある。

阪田雅洋(MASAHIRO SAKATA)

阪田雅洋(MASAHIRO SAKATA)

株式会社エルテス  営業本部 リスクコンサルティングセールス部長 西日本のSMB領域を中心にクラウドソリューションの企画からセールス、導入支援まで一気通貫で経験した後、SAPジャパンに入社し、西日本エリアにおいて日本で一番DX化に課題があるSMB領域へのDX化を推進。その後、エルテスの西日本統括を経て、SNSリスク対策サービスの営業責任者を務める。