日本大学とともに、デジタル化社会で活躍する 「危機管理パーソン」の育成に取り組む

社会のデジタル化が進んだことで、WebサイトやSNSを通じて発信される大量の情報が、一瞬で拡散されるようになった現代。今後も新たな技術、新たなコミュニケーション手段が登場するのは確実で、デジタルリスクの脅威はより大きく、複雑になっていくだろう。そうしたなかエルテスでは、2020年度より日本大学危機管理学部における寄付講座「危機管理特殊講義2(デジタルリスク)」を開講。これからのデジタル化社会を担う人材の育成に取り組んでいる。今回は、日本大学危機管理学部の福田充学部長と、情報セキュリティ領域を専門とする美濃輪正行教授、エルテスのソリューション本部副本部長の猪股裕貴に、講座開設の思いや現在までの成果などを聞いた。

「オールハザード・アプローチ」をテーマに危機管理学を学ぶ

――はじめに、日本大学危機管理学部の概要についてお聞かせください。

福田 危機管理学部は、日本大学の設立130周年記念事業の一環として、新たに開設された学部です。本学の学祖である山田顕義は幕末の志士とともに松下村塾で学び、陸軍の創設などに貢献した後、岩倉使節団の一員として欧米に渡っています。そして帰国後は日本で最初の司法大臣として、国の近代法整備に尽力しました。そうしたなか、欧米社会の法律を学ぶことが主流だった当時の法学教育に疑問を抱いた学祖が、1889年に創立したのが日本大学の前身となる日本法律学校です。以降、本学では日本が近代化の過程で直面した安全保障や、危機管理のあり方を法学的な観点から模索するなど、国際社会で通用する国家の建設に貢献してきました。

――カリキュラムの特徴についても簡単にご説明いただけますか?

福田 そうした本学のオリジンに立ち返り、平和な世界、幸せな社会をデザインするためのリベラルな危機管理パーソンを育てるために誕生したのが危機管理学部です。学部では、「災害マネジメント」や公共の安全を確保するための「パブリックセキュリティ」、国際的な課題に対応する「グローバルセキュリティ」、そして「情報セキュリティ」という4つの領域を学びの柱に据えて、リーガルマインドとリスクリテラシーを兼ね備えた人材の育成を目指しています。

福田 危機管理学部では、すべての危機に対応する「オールハザード・アプローチ」(※1)をテーマに、「リスクに対して社会をどうマネジメントしていくか?」という社会学的な視点から危機管理学を学び、研究するためのカリキュラムを提供しています。それぞれの領域における学びは他の領域でも生かせるものなので、「パブリックセキュリティ領域」を選考する学生が「情報セキュリティ領域」を学ぶといった具合に、学生が4つの領域の授業を複数履修できるように工夫している点も、当学部の特徴と言えるでしょう。

――「情報セキュリティ」は、デジタル化する現代社会ならではのジャンルだと感じます。危機管理学部における「情報セキュリティ領域」の位置付けはどのようなものなのでしょう?

福田 「情報セキュリティ領域」では、サイバー攻撃やサイバーセキュリティ、SNSでの誹謗中傷、炎上リスクなど、昨今のデジタルコミュニケーションの中で起こり得る幅広い問題へのアプローチから、AIなどの新たな技術が社会に浸透した際にどうマネジメントしていくかといった、倫理学的な分野まで学んでいきます。「オールハザード・アプローチ」という視点に立ち、ここまでトータルに危機管理学を学べる学部は、世界でも珍しいのではないでしょうか。

美濃輪 災害や犯罪、国際的なテロなど、社会的なリスクにはさまざまなものがありますが、ICTに強く依存する現代社会においては、あらゆるリスクに情報セキュリティが絡んできます。たとえば、大規模なデータセンターがある地域が大きな震災で被災したらどうなるのか。あるいは、クラウドサービスに障害や停止が発生した際に社会活動はどのような影響を受けるのか——。そういったことを考えていくと、オールハザード・アプローチをより深化させるために、情報セキュリティ領域での学びは欠かすことができません。

また、ICTは発展のスピードが激しく、情報セキュリティは「画一的な正解がない世界」だと言えます。たとえば、今話題のChatGPTに代表されるAIを考えてみてください。この技術の進化には、人間が許容できる領域をすでに超えていると思われる部分があります。だからこそ、学生にはそうしたリスクに対応する難しさを認識し、基盤となる専門的な知識や論理的に物事を考える思考術、学び続けるための方法論を身につけてもらいたい。「情報セキュリティ領域」ではそうした思いから、情報システムを広範囲にとらえた豊富なカリキュラムを用意しています。

デジタルリスクに対する知見を持つ若い人材の育成を目指して

――「情報セキュリティ領域」での学びを支援するカリキュラムの一つとして、2020年からエルテスの寄付講座がスタートしました。エルテスとしてはどのような思いから寄付講座を始められたのですか?

猪股 エルテスでは企業などを対象に、SNSの炎上リスクをはじめとするデジタルリスク対策や、社内不正リスクの早期検知サービスを提供しています。そうした活動を通じて、デジタルリスクの脅威がどんどん大きくなっていると感じているからこそ、我々には「デジタルリスクに対する知見を持った若い人材を増やしたい」という思いがありました。テクノロジーの発展にともない、新たなリスクは必ず発生します。そして、デジタルリスクが日本社会の発展を阻害しないためには、デジタルリスクに対応できる人材を育成しておくことが重要です。そんな思いから、危機管理学部を持つ日本大学様で寄付講座が実現しました。

寄付講座では企業へのコンサルティングを行っているエルテスの社員が、実際の炎上事例などを題材に90分(全15回)の授業を行なっています。ただし、先ほど美濃輪先生からもお話があったように、ICTの世界は進化のスピードが速く、デジタルリスク対応にも決まった答えがありません。ですから、授業では実際の事例をもとに「その炎上がなぜ発生したのか」「どのようなマネジメントが適切だったのか」といったことを、学生のみなさんと考察するスタイルをとっています。

――日本大学として、エルテスの寄付講座にはどのような意義を感じておられますか?

美濃輪 普段の学生はサービスを利用する側ですから、サービスを提供する立場の企業とはSNSの活用法が異なります。私の授業でも、企業のSNSが炎上した事例などを取り上げることはありますが、学生たちに意見を聞くと「炎上や誹謗中傷は悪いこと」といった勧善懲悪的な内容に終始することが多く、そこからさらに進んだ議論に持っていくのが難しい部分もあります。一方、エルテスの寄付講座では、企業がSNSを活用するリスクから、誹謗中傷の被害に遭った側の思いや悩みまで、現場の声を交えながら聞くことができます。

その結果、学生たちは「自分が社会人になり、自分の企業がSNSで誹謗中傷を受けた際にどのような対応が考えられるのか」や、「一つのSNSの炎上が社会や企業にどのような影響をもたらすのか」「SNSのメリットやデメリットをどうバランスさせて使っていくのがいいか」などについて、自分自身の意見を持てるようになったと感じています。そうした実践に即した学びは、教育機関だけで実現できるものではありませんから、我々としては非常にありがたく思っています。

福田 私たちは研究者なので、なぜSNSが炎上するのか、なぜネットだと人は攻撃的になるのかといったことを理論的な観点から危機管理を教えることはできます。しかし、実際にどのような理由で炎上が起こり、現場でどのようにリスクマネジメントが行われているかといった実務までは教えることができません。ですから、我々が理論を教え、エルテスに現場での知見に基づいた実務や実践について教えていただくことで、相乗効果が生まれていると感じています。

確かな手応えを得て、より進化するパートナーシップ

――エルテスとして、寄付講座にどのようなメリットを感じていますか? また、実際の授業での学生の皆さんの反応などについてもお聞かせください。

猪股 寄付講座は、私たち自身も学生のみなさんから最新の情報をキャッチアップする良い機会となっています。活用されるSNSの種類は数年単位で大きく変わりますので、若い世代の間でどのツールが流行していて、どのSNSやサイトから情報を得ているのかなどを直接聞けることは、とても意義のあることだと考えています。授業を通じて得られたさまざまな声を知見とし、普段のサービス提供にも生かしていけたらと思っています。

寄付講座のなかで、学生のみなさんに授業に対するアンケートを取る機会もあったのですが、そこには「デジタルリスク対策を専門とする企業があることを初めて知った」というご意見や、「もう少し早く知っていればエルテスの入社試験を受けた」といったご意見もいただきました。また、授業を受けたことで「ニュースなどで報道されている炎上事例などを自分ごととして考えるようになった」という学生さんも多くいらっしゃいます。人材育成という観点では、業界や我々の仕事に興味を持っていただくことが重要なので、そうした声が聞けたことは大変うれしく思っています。

※エルテスが実施した講義内でのアンケート調査から抜粋

――最後に、今年で4年目となる寄付講座の成果や今後の取り組みついての展望、日本大学がエルテスに期待されていることなどをお聞かせください。

美濃輪 エルテスの寄付講座を通じて、学生たちはSNSで発信を行う企業側の視点に立ち、デジタルコミュニケーションのリスクについての考えを深めることができました。今後はより専門性を高めて、SNS以外のデジタルリスク、たとえば企業で情報漏洩が起こるメカニズムなどについても、取り上げていただけたらと思っています。情報セキュリティというと技術の話に偏りがちですが、内部犯行の問題などは人間の心理的な部分や、人為的な側面も大きく関わっています。そうした点にも言及していただけると、学生たちもより大きな視野で、デジタルリスクの問題を考えられるようになるのではないでしょうか。

福田 日本大学は伝統的に就職に強い大学ですが、やはり学生のうちは目につきやすい職種や、わかりやすい職種を目指す傾向にあります。その点からすると、デジタルリスクに関わる仕事はBtoBが基本なので、本来であれば学生が目にすることのない職種でしょう。だからこそ、寄付講座を通じてエルテスの活動を知ることは、学生たちが「今まで目を向けていなかった社会」を知るためのきっかけになっていると感じます。

社会に出て重要なのは、インフォメーションをインテリジェンスに変える力であり、インテリジェンスをマネジメントにつなげる力です。エルテスには、今後も寄付講座を通じて危機管理の知見と実践を教えていただき、学生たちのインテリジェンスをマネジメントにつなげる力を育てていただきたいと考えています。

猪股 ありがとうございます。エルテスでは従業員のデータの持ち出しによる情報漏洩など、内部脅威を検知するサービスである「Internal Risk Intelligence」(※2)も提供しています。今後の寄付講座では、そうしたサービスの提供を通じて得た知見を生かした授業も行わせていただこうと考えていました。今年度の講義に関しても、引き続き宜しくお願い致します。

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※1 地震や台風などの自然災害、犯罪やテロリズム、戦争・紛争、情報流出やサイバー攻撃、感染症パンデミックなど、すべての破滅的危機を対象とした危機管理学。従来のような専門領域に限定した危機への対応ではなく、すべての災害に「ひとつの組織行動原則」で対応しようとする点に特徴がある。

※2 さまざまなログデータから「ヒト」の行動を解析し、企業内部での「異常行動」や、 その「動機」「可能性」「兆候」を持つ人物を検知・可視化し、重大なインシデントの発生を未然に防ぐことのできるサービス。

Internal Risk Intelligenceのサービス紹介ページ

 

プロフィール

福田 充(Mitsuru Fukuda)

福田 充(Mitsuru Fukuda)

日本大学 危機管理学部 学部長・教授 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。1995年の阪神淡路大震災以降、危機管理学の研究を始める。コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員や内閣官房等で危機管理・国民保護に関する委員を歴任。

美濃輪 正行(Masayuki Minowa)

美濃輪 正行(Masayuki Minowa)

日本大学 危機管理学部 情報セキュリティ領域 教授 早稲田大学教育学部理学科卒業。日本IBMにて保険業界のフィールドポート部門のエンジニアとしてPC管理システムの保守、保険アプリの開発、Webシステムの構築、ナレッジシステムの構築、大規模システムの移行等を担当。専門分野はインフラ。セキュリティ、開発プロジェクト管理。

猪股 裕貴(Yuki Inomata)

猪股 裕貴(Yuki Inomata)

株式会社エルテス ソリューション本部副本部長 入社後、カスタマーサクセス担当として500社以上の企業案件に従事。2021年に現職に就任し、日々変化するデジタルリスクの中で、事業活動を通して企業を取り巻くリスクとその対応策を開発、提供を行っている。