デジタルリスクフォーラム2021〜日本社会のデジタル変革とデジタルリスク~

さまざまな業界や分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)への実践的な取り組みが進むなか、変革にともなう新たなリスクの可能性やその対策などを議論する「デジタルリスクフォーラム2021」が、2021年9月13日に開催された。毎年、デジタルリスク協会(※1)が主催し、業界の最先端で活躍する有識者たちが登壇する同フォーラムには、今年もエルテスの菅原貴弘社長をはじめ、取締役の三川剛、リスクインテリジェンス部長の川下巧らが参加。ここでは、オンラインで実施された約3時間半に渡るフォーラムの模様をレポートする。

『デジ道』で示す日本のデジタル化のあるべき姿

【登壇者】
デジタル大臣(当時) 平井卓也

(左から菊池氏、平井大臣)

 

今年のデジタルリスクフォーラムのメインテーマは、「日本社会のデジタル変革とデジタルリスク」というもの。最初のセッションでは、iU(情報イノベーション専門職大学)学長である中村伊知哉氏の開会のあいさつに続いて、平井卓也デジタル大臣(当時)が登壇。『我が国のデジタル改革について』と題した基調講演が行われ、9月1日に発足したデジタル庁での現在の取り組みや、「地方自治体や、個人、企業を含む民間の力を結集して国のシステムの全体最適化を目指す」というデジタル庁のあり方、さらには平井大臣が提唱する「デジ道」や「デジタルの日」についても語られた。

「私たちが目指しているのは、誰一人取り残さないていねいなデジタル化であり、信頼に基づいたデジタル化です。そして、そうした日本流のデジタルトランスフォーメーションを成功させるには、“困っている人を助ける”、あるいは“誹謗中傷を許さない”といった、ある種の作法が必要になります。だからこそ私たちは、わが国のデジタル化におけるコード・オブ・コンダクト(行動規範)として、『デジ道』を提唱したい。『デジ道』とは、日本人に根付く武士道になぞらえたもので、これによって誰一人取り残さない形を本気で進めていこうとしています。また、日本国民がデジタル化を楽しむための祝祭として、あるいは日本社会のデジタル化がいまどの地点にいるのかを振り返る日として『デジタルの日』の制定も検討したい。社会のデジタル化において、もっとも大切なのは楽しむこと。新しいシステムや法律をつくるために、今後は私たちと一緒にチャレンジしてくれる民間の仲間も増やしていきたいと考えています」

日本社会のデジタル改革を担う存在として、発足したばかりのデジタル庁への大きな期待を抱かせくれた平井大臣の基調講演。講演終了後はオンラインでの開催ながら、会場にいる関係者から大きな拍手が響き渡った。

各業界のトップランナーが挑むDXの最前線

【登壇者】
三井住友信託銀行株式会社 常務執行役員 益井 敏夫
情報通信研究機構(NICT)サイバーセキュリティ研究所 所長 盛合志帆
株式会社エルテス リスクコンサルティング本部兼事業戦略本部 本部長/株式会社JAPANDX 取締役 三川剛
株式会社GRCS 代表取締役社長 佐々木慈和

 【モデレーター】
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授/CiP協議会専務理事 菊池尚人

2つめのセッションとなるパネルディスカッションには、三井住友信託銀行の益井敏夫常務執行役員、情報通信研究機構(NICT)サイバーセキュリティ研究所の盛合志帆研究所長、株式会社GRCSの佐々木滋和代表取締役、そしてエルテスは、子会社の株式会社JAPANDXの取締役も務める三川剛が登壇。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授の菊池尚人氏をモデレーター役に、「ゲームチェンジに挑む各業界のDX最前線とリスク」について議論された。

(左から、菊池氏、盛合氏、佐々木氏、三川、益井氏)

各業界のDXの最前線については、まず益井氏が、三井住友信託銀行が取り組む「相続手続きのDX化」や、エルテスとともに取り組むエストニアのサイバネティカ社の技術であるUXPを活用した「新たなデータ流通基盤の可能性」について言及。
次いで盛合氏が、各銀行が持つ振込詐欺などの不正な取引データを、外部にデータ開示することなく複数組織で共有できる深層学習技術『DeepProtect(ディーププロテクト)』について紹介した。なお、すでに金融機関5行との実証実験で順調な成果を上げる同プロジェクトにおいても、エルテスがシステム構築などを担当している。

その後は佐々木氏が、ガバナンスやリスク、コンプライアンス、セキュリティといった領域の複雑な課題に対応するために、「テクノロジーを使ったシンプルかつ効率的なソリューション」を提供するGRCS社の理念を紹介。最後に三川が、エルテスとJAPANDXが取り組む「自治体を起点とした地域のDX」について語った。

「現在、我々が進めているのは、民間の予算やノウハウを使いながら市民向けサービスのアプリを開発するというデジタルPFI構想。その第一弾として先週リリースしたのが、岩手県紫波町の公式アプリ『しわなび』です。これは、自治体からのお知らせや防災情報、住民支援情報などのさまざまなデジタルサービスをナビゲートするポータルアプリで、いずれはマイナンバーなどとも連携して行政手続きのデジタル化も進めていきます。また、日本全国の自治体に同様のアプリを導入していただくことで、サービス自体の限界コストを下げ、公民連携プロジェクトに対する民間企業の参入を促進することも私たちの狙い。それによって、JAPANDXが提唱する「地方公共団体スーパーアプリ構想(※2)」をさらに進めていきたいですね。そのほかにも、企業のデジタル人材を地方に派遣できる国の制度の積極活用や、iU様と連携した寄付講座の開設など、デジタル人材育成を通じて一気に地方のデジタル化を前進させたいと考えています」(三川)

 

さらにディスカッションでは、新設されたデジタル庁への要望や、日本のデジタル化にともなう社会課題やリスクに対して、「どのようなソリューションを通じて貢献するのか?」についての提言がそれぞれから語られた。

「大相続時代を迎える日本において、相続は大きな社会課題であり、デジタル化のトリガーにもなるはず。また、セキュリティトークンによる資産運用の多様化や、セカンダリーマーケットの形成・活性化なども、これからの時代には求められるのではないでしょうか。我々としてはそうした領域にも、注力していきたいと考えています」(益井氏)

「デジタル化が進んで便利になる分だけ、セキュリティの問題は増えていく。我が国のサイバーセキュリティの対応能力の向上に向けて研究開発や人材開発を進めると同時に、データの安全な利活用の推進についても研究開発を進めていきたいですね」(盛合氏)

「国や自治体はもちろん、民間もガバナンス、リスク、コンプライアンス、セキュリティの問題には等しく取り組む必要があります。各企業や各自治体における、それらの課題に対する投資能力の格差をできる限り埋められるように、一定レベルのソリューションを標準化したパッケージの提供などを実現していきたい」(佐々木氏)

ディスカッションの最後には、三川が「閉じた専用線のなかで安全を担保することを基本に何十年もやってきたのが日本のネットワーク。それに逆行するデジタル化では、想定もできなかった問題が起きてくる」と、盛合氏と同じくセキュリティ面の課題について言及。一方で、そうしたリスクと向き合いながらスピーディにデジタル化を進めていくことの重要性や、エルテスが果たすべく役割を次のように語った。

「基礎自治体でも求められるサイバーセキュリティリスクの管理には、アプリの導入とは違った次元の難しさがあります。とはいえ、自治体の予算などをふまえながら、身の丈にあったプライシングで精度の高いサービスを提供していくことが必要です。そこでは、しっかりとした実証実験や足場固めももちろん大事ですが、ある程度までできあがったサービスやプロダクトに関しては一気に展開していくことが重要でしょう。また、リスク管理やデータの利活用については今後も大きな進歩が予想され、従来の法制度の限界も見えてくるはず。そうしたときに、先見的なデータや経験をもって国に進言できるような立場にエルテスがなれればいいなと思っています」(三川)

 

ディスカッションの後には、エルテスの菅原社長がサプライズで登場。モデレーターの菊池氏の質問に答える形で、「デジタル庁には国民とのインターフェイスを一元化するような存在になって欲しい」「日本社会が活性化しない理由のひとつは、役所が何度も同じ作業を国民に強いることをコストだと思っていないから」「デジタルリスクからデジタルが取れて、サイバーリスクとフィジカルリスクが表裏一体になるのが次の十年でしょうね」などと、ざっくばらんに日本社会のデジタル改革について語った。

変化するデジタルリスクマネジメントの最前線

【登壇者】
富士通株式会社 BSCユニット第三システム事業本部 FENCE事業部 シニアマネージャー 松山啓介
株式会社エルテス リスクインテリジェンス部 部長 川下巧 

【モデレーター】
株式会社エルテス コミュニケーション部 部長 江島周平

そして、3つめのセッションではエルテスの江島周平をモデレーター役に、同社の川下巧と富士通株式会社の松山啓介氏が登壇。「デジタルリスクマネジメント最新トレンド」をテーマに、さまざまな現場で実際に企業のリスクマネジメントを行う両者によるトークセッションが行われた。

(左から、江島、松山氏、川下)

このセッションではまず松山氏が、「コロナの影響でリモートワークが当たり前になり、各企業では社員が社外で仕事をするためのパソコンへのセキュリティ対策や、VPNなどのセキュアなネットワーク環境の整備などを一通りは完了している印象。現在はそこから次のフェーズに移り、『そうした環境が社員の仕事ぶりにどう影響するのかをきちんと検証したい』といった声がお客様から多く寄せられているところです」と、コロナ禍で加速するデジタル化によるビジネス環境の変化やその現状を総括。川下も「単純にITツールを導入して社外で仕事ができるようにしたというだけでなく、そのことがビジネスにどのような付加価値を与えるのか、あるいは企業として現状のオペレーションをどう効率化できるのかなど、ようやく本質的なDXの部分に目を向けられるようになってきたように思います」と、最近のビジネス現場の変化を語った。

さらに、モデレーターから「企業がセキュリティを向上させるための障壁となるものは?」との質問が投げかけられると、松山氏が「物理的、心的な距離」、川下が「リスクと効率のバランス」を挙げ、それぞれがそうした障壁を乗り越えるための方法を具体的に解説。デジタルリスクと対峙するために、個人と企業がそれぞれどのような点に留意するべきか、それぞれの観点からアドバイスを送った。

「個人としては、自分がセキュリティ事故に巻き込まれないように、普段の行動から気をつけておくことが大切です。また、企業としては、社員が意識せずとも会社のルールを守り、大切なデータが保全できるような仕組みづくりが重要になります。今後もロケーションに依存するような働き方がどんどんなくなっていくでしょうし、日本のみならず世界のどのような環境で仕事をしていても、社員の情報や大切なデータが守れるようなセキュリティ環境の整備が必要になってくると考えます」(松山氏)

「個人として大切なのは、会社が定めているルールを守るという意識とその実践。一方、企業で大切なのは、ルールと人と技術のバランスを考えることだと思います。個人がルールを守ってリスクを犯さないことは大前提ですが、管理する側がそれに甘んじてはいけません。松山さんもおっしゃったように、経営側が定めたルールを社員がいかに意識せずとも守れる状態にしておくか。そうした仕組みを支えるツールの導入や管理を含め、ルールと人と技術のちょうどいいバランスを検討し、それぞれの企業や現場に合ったリスク対策を講じてもらいたいと思います」(川下)

デジタル政策フォーラム設立、パネルディスカッション

【登壇者】
総務省 情報通信政策研究所長 高地圭輔
デジタル庁審議官 犬童周作
NPO法人CANVAS代表/慶應義塾大学教授 石戸奈々子

【モデレーター】
iU学長 中村伊知哉

フォーラムの最後に行われたパネルディスカッションでは、モデレーターの中村伊知哉氏を先頭に、総務省情報通信政策研究所庁の高地圭輔氏、デジタル庁審議官の犬童周作氏、そして慶應義塾大学教授でNPO法人CANVAS代表の石戸奈々子氏が登壇。冒頭で中村氏が、「デジタル庁という新しい省庁が発足し、政府の動きに対する民間の期待もかつてなく高まっています。そこで、民間としてもオープンに議論する場をいまこそつくるタイミングではないかと考え、広く産学官の知恵を集めてデジタルに関する議論や提言を行うプラットフォームを本日より立ち上げます」と、デジタル政策フォーラムの設立を宣言した。

(中村氏)

宣言に続いては、デジタル庁の事務方のトップである石倉洋子デジタル監から寄せられたビデオメッセージを公開。「行政だけでなく産学官で協力し、遅れていると言われてきた日本のデジタル化をリープ・フロッグさせていきたい」という力強い言葉に、会場から拍手が起こった。

ディスカッションがスタートすると、「デジタル敗戦国ニッポン。いま論ずべきデジタル政策とは」をテーマに、国際的に遅れを取ってきた日本のデジタル政策の振り返りや、デジタル化の加速に向けて必要な政策などについて、行政や産業界、教育界などの現状に詳しいパネリストたちがそれぞれに貴重な意見を交換。最後は、それぞれがこの日に発足したデジタル政策フォーラムへの期待を語り、4つめのセッションを締めくくった。

(左から、高地氏、犬童氏、石戸氏)

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※1 ネットの炎上や風評被害などの事例研究や、SNSや最新テクノロジーなどを活用する際のリスクのほか、さまざまなセキュリティ対策の研究や啓蒙活動に取り組む一般社団法人の名称。デジタルリスクフォーラムの主催団体。

※2 地方公共団体におけるDX化プロジェクトのひとつ。都市OS(データ連携基盤)を活用して、住民のための地域課題解決型サービスを集約した「住民総合ポータルサービス」+「アプリケーション」=「スーパーアプリ」の開発・運用を目指している。