デジタルが「兄」でリアルが「弟」の実証実験がポイント。 エルテスが描く“メタバース×スマートシティ メタシティ構想”とは

2021年に策定した中期経営計画「The Road To 2024」の第1期(2022年2月期~2024年2月期)では、中核を担う「デジタルリスク事業」のさらなる強化に加え、警備業界のDXを推進する「AIセキュリティ事業」、地方自治体の「DX推進事業」という新領域への本格参入を表明し、各事業を推進してきたエルテスグループ。

2022年5月には、第2期以降の取り組みとして「健全なデジタル社会の実現に向けて。」を発表したが、その中心に据えられていたのは、メタバース(インターネット上に構築される三次元の仮想空間)を活用したスマートシティだった。この新たな事業「メタシティ構想」にエルテスが乗り出す意義はどこにあるのか、そしてこれまでエルテスが手掛けてきた数々の事業はこの取り組みにどう帰結していくのか——。代表取締役の菅原貴弘に聞いた。

 

エルテスが考えるメタバースの活用方法、そしてメタシティ構想とは

──世界で「メタ」のブームが加熱する現在、多くの企業がメタバースに参入し、国土交通省や自治体も、メタバースを活用した街づくりの可能性を模索しています。その多くは、現実の街のあらゆるデータを仮想空間にコピーして本物そっくりな「デジタルツイン※1」を構築。仮想空間でのシミュレーションを現実世界の街づくりに役立てるというものですが、エルテスのメタシティ構想も、考え方は同じなのでしょうか?

 

 

菅原 仮想空間でのシミュレーションを現実の街にフィードバックする手法は同じですが、根本にある思想が違います。一般的に、メタバースを活用した街づくりといえば、リアルな街をバーチャルな空間に複製(コピー)する──つまり、リアルな空間が「兄」で、バーチャル空間が「弟」という発想が主流です。

しかし、弊社の発想はまったくの逆。先にバーチャルな世界にAIやICTを駆使したスマートシティを構築して、それを後からリアルな世界で再現する。あくまでも「兄」はバーチャルで、リアルは「弟」です。

 

──スタートから独自路線をとっているということは、以前からスマートシティに関する構想をお持ちだったと考えてよいのでしょうか。

菅原 弊社が掲げるメタシティ構想は、メタバースの流行とともに降って湧いたアイデアではなく、現在推進している地方自治体のDX推進事業の延長線上にある考え方なんです。

そもそもエルテスが自治体のDX推進事業に乗り出したきっかけは、電子政府先進国であるエストニアとの出会いです。エストニアのサイバネティカ社と業務提携を行ったり、現地を視察したりするなかで「日本でもいずれ電子政府化の機運が高まる」と確信するに至りました。

少し話がそれますが、エストニアがなぜ電子政府化を急いだかわかりますか? いちばんの理由は、国境を接するロシアの脅威があったからです。将来、仮にロシアがエストニアに侵攻して物理的な国土が占領されたとしても、電子政府のデータをバックアップしておけば、いつでも再出発できる。極端な話、国民IDとバーチャル空間さえあれば国家運営できるわけです。

 

▶「月に行っても、ただちに政府を立ち上げられる」。電子国家エストニアで見た、日本のDX化実現への道筋のリンクはこちら

 

その後エルテスでは、エストニアの考え方を取り入れつつ、地方自治体のDX推進事業に参入。官民のさまざまなデータを連携するプラットフォームを提供し、行政と民間のデータを効果的に交流・活用することで住民サービスの質を上げていく、という挑戦に取り組んできました。

そうした意味では、「仮想空間に立ち上げたスマートシティを現実世界の街づくりに役立てる」というコンセプト自体は、何年も前から持っていたといえます。ただ、広く世の中に浸透しているスマートシティとは少し違うと考えているので、メタバースとスマートシティを掛け合わせてメタシティ構想と呼んでいます。

 

 

──キャッチーなネーミングですね。では、エルテスが構想するメタシティ構想は具体的にはどのような街で、住民はどのようなサービスを受けられるのかについて教えていただけますか?

菅原 当然のことながら、電子行政が100%実現している世界観なので、引越しにともなう電気・ガス・水道などのライフライン系から、金融機関や自治体への転出・転入届けの提出まで、行政系の手続きはすべてオンラインかつワンストップで完結できます。

その際には住民の個人情報に関連するセンシティブなデータも取り扱われますが、われわれにはサイバネティカ社と取り組んできた、デジタル・ガバメントの実証データやノウハウがあるので、技術面の懸念はありません。また、これまでデジタルリスク事業で積み上げてきた不正検知能力などの知見も大いに役に立つと考えています。

もちろんAIセキュリティ事業とも連携し、これまで積み上げてきたノウハウをもとに住民の安全も最大限守る。たとえば、犯罪発生率を予測して、街のなかでもより危険な場所に交番を配置するといったインフラ系の施策のほか、警備員が子どもを学校から家まで連れて帰ってくれるような、現在法人向けに展開しているAIK orderを展開させた個人向けのセキュリティサービスも検討しています。

また、紫波町で展開している住民向けスーパーアプリやAIK社が展開しているAIK orderを更に発展させて、日常生活で重宝する住民サービス系のアプリも充実させていきます。運転免許を返納した高齢者のための買い物代行サービス、掃除代行サービスなど、いろいろなアイデアを練っているところですが、正直に言うと現時点では「これ」といったキラーアプリの発想・開発には至っていません。キラーアプリの開発は直近の課題ですが、そこでは「シティメンテナンスという概念への挑戦」が一つのキーワードになるだろうと考えています。

 

▶AIK order に関するエルテスの道記事はこちら

──シティメンテナンスとはどういった考え方なのでしょうか。

菅原 ビルメンテナンスという概念をビルにとどまらず、街(シティ)に拡張すると言った表現が最もイメージしやすいかもしれません。私たちが働くオフィスや住むビルは、建築されて終わりではなく、維持保全のためにメンテナンスが行われています。エルテスが志向するメタシティも、作って終わりではなく、デジタルとリアルの相互のフィードバックの仕組みを活用しながら、維持保全のために常にアップデートして行かなければなりません。私たちは、仮想空間に立ち上げたスマートシティを現実世界の街づくりに役立て続け、常にメンテナンスしていく事業にも取り組む必要があると思っています。

 

エルテスグループ全体で、メタシティ構想を加速させていく!

──5月に公開したプレスリリースには、メタシティ構想について、「メタバース上に構築したデジタルツイン上で『セキュリティ』をはじめ『コミュニケーション』『エネルギー』『エコロジー』といった領域での実証実験をおこなう」とありました。セキュリティ領域での実証実験についてはすでにお話しいただきましたが、コミュニケーション、エネルギー、エコロジーといった領域はメタシティ構想にどう関わってくるのでしょうか?

 

▶「エルテス、健全なデジタル社会の実現に向けた“メタバース×スマートシティ メタシティ構想”を発表」の記事はこちら

 

菅原 いずれも住民の豊かな生活のために欠かせない領域だと捉えています。「コミュニケーション」についてはいろいろなあり方を想定していますが、メタシティ構想での「コミュニケーション」はDAO(分散型自立組織)を活用した住民同士のつながりを実現したいと考えています。

 

──DAOとはなんでしょうか?

菅原 DAOはDecentralized Autonomous Organizationの略で、日本語では「分散型自律組織」と訳されます。ブロックチェーン技術を活用した、世界中の参加者同士が協力して管理・運営する、Web3.0の世界における新たな組織の運営形態です。コミュニティには特定のリーダー(中央管理者)が存在せず、参加者たちの間で意思決定がおこなわれます。エルテスでは、そのDAOを住民間のコミュニケーションのツールとして使うのみならず、住民サービス向上のための事業につなげていけると考えています。

──DAOを活用した住民サービスのイメージを教えてください。

菅原 たとえば、街灯の電球が切れていたとしましょう。これまでは、まず行政に報告が行き、報告を受けた行政が交換作業の手配をしていました。そうすると交換作業完了までに時間がかかるうえに、住民生活にリスクも生じます。

では、住民がDAOで街灯電球管理プロジェクトを立ち上げ、街の安全に興味を持ち、かつ電球交換に貢献できそうな住民が自律的に「参加する」という形にすればどうか。行政が間に入るよりもはるかに速いスピードで、作業完了が期待できます。電球が切れていることを報告した人、修理を担当した法人・個人への報酬も公平に分配されるため、みんなが積極的に組織に参加することが期待できます。結果的に、行政の負担も減ります。この話のように、住民が自律的に動いたほうが、住民にも行政にもメリットが大きい細かな事業は意外に多いと考えています。

──エネルギーとエコロジーについてはいかがでしょうか。

菅原 政府が「グリーン社会の実現」を掲げている以上、これからの街づくりにも脱炭素というキーワードは不可欠でしょう。そして、その時に必要になってくるのが、クリーンな再生可能エネルギーです。ウクライナ危機や円安の影響で原油価格が高騰している現状を鑑みても、自治体は自家発電の手段を確保しておくべきだと思います。

それをふまえて、エルテスではこの6月に岩手県紫波町でバイオマス発電をおこなう環境エネルギー普及株式会社の連結子会社化に向けた基本合意書締結を発表しました(現在交渉中)。ご存じのとおり、紫波町はDX推進を目的にわれわれと包括連携協定を結んでいる自治体です。

今後は、地域内の資源を活用したエネルギーの供給・利用・再生をおこない、それらをデジタルで適切に管理するモデルを構築していきます。そして、そのうえで新しいエネルギーモデルをDX推進やメタシティ構想の核にしていく。それがエルテスの描くメタシティの姿の一部です。

──いま、紫波町の名前が出ましたが、すでにエルテスとDX推進の取り組みを進めている紫波町が、メタシティ構想の実証実験の場になっていく可能性はありますか?

菅原 ありますね。紫波町での実証実験をおこない、それがうまくいけば、それを全国に展開していきたいと考えています。ただ、われわれにはリアルな建物建設や都市建設のノウハウがなく、そこが実際に街づくりを行う際のネックでした。

──6月にエルテスの連結子会社である株式会社JAPANDXとバンズ保証株式会社とバンズシティ株式会社のプロパティ・マネジメント事業の株式取得に向けた基本合意書締結を発表(現在交渉中)されましたが、それもまたメタシティ構想に帰結していくわけですね。

菅原 バンズシティは、マンションや商業ビルといった不動産事業に加え、飲食店やホテル、アウトドア事業など、住人の体験軸を中心としたコミュニティ開発を手がけています。都市計画となれば、さらに上のレイヤーのノウハウが必要になるでしょうが、大手のデベロッパーに頼むのではなく、自分たちの力で成し遂げることに意味がある。私たちが考えるメタシティ構想を実現に大きく前進させてくれる取り組みだと考えています。

今後もM&Aや業務提携をおこない、メタシティ構想の実現に向けて着実に進んでいきたいと考えています。

 

 

メタシティ実現の鍵は「デジタル一択」を押し通す強い意志

──お話をうかがっていると、メタシティ構想の実現に向けて、着々と準備を進めている印象を受けます。ある程度の素地が整い、構想の実現に向けた動きを加速していくなかで、いちばんの鍵になるものは何だとお考えですか?

菅原 「デジタル一択」を押し通す強い意志ですね。日本の企業や自治体のDXが遅々として進まないのは、デジタル一択に踏み切れず、既存のフローとの二重オペレーションをやってしまうからだと思っています。そうすると余計なコストがかさむうえに、肝心のDXも進まない。

誤解を恐れずにいうなら、本来、企業のCDOやCIOがやるべきは「文句をいわずにデジタルを使え」といい続けることなのではないでしょうか。これは弊社にとっても、他人事ではなく、グループ全体で「デジタル一択」を推し進め、本当の意味でのDXを成し遂げ、真のDX推進企業になる必要があると思っています。グループ会社の警備会社も例外ではありません。

いまのままでは世の中に非効率が生まれて成長が停滞するだけ。だからこそ、強い意志でデジタル化を断行する必要があります。そうすれば、間違いなく業務の効率は上がるし、スタッフの負担も軽減されますから、デジタルに対して不信を抱くスタッフにも波及していくはずです。繰り返しになりますが、世の中をデジタル一択にしていくのが正しい導き方なんですよ。

この言葉は、エルテスグループの従業員への問いかけでもあります。わたしたち自身がDXをやり遂げ、非効率から脱し、さらなる成長を手に入れなければならないと思っています。昨年からグループに入っていただいた同じ志を持った経営陣をはじめとしたグループの従業員の皆さんともに、このチャレンジを大きな成果に変えたいと思っています。

 

▶エルテスグループ入りした警備会社のデジタルへの挑戦記事はこちら

 

そして、それとまったく同じことがスマートシティにもいえます。「住民コンセンサス」などと言い出したら、何年かけても前に進まないので、とにかくデジタル一択にしてみるのが正解でしょう。だからこそ、われわれのメタシティ構想では「兄」がデジタル、「弟」がリアルなんですよ。ネット銀行をみてもわかる通り、はじめは参加する人が少なくても、結果的には便利で効率のいいほうが勝つ。デジタルが「兄」のスマートシティをつくって、便利さや効率のよさを理解してもらえば、みんなそちらにやってくるはずです。

 

──「デジタル一択」によるスマートシティへの挑戦が、メタシティ構想のポイントなんですね。

菅原 ただ、これはある種の社会実験なので、大都市や大企業では実行するのが難しいでしょう。その点、われわれは自社でリスクを取り、十分に意思疎通を図りながら小さな地方自治体と一緒に実証実験をはじめている。小回りの効く企業だからこそ、今後もかなりのスピード感をもって、構想を推し進めることができると自負しています。

実は、私の個人的なライフワークは、紫波町の人口を仙台の人口規模に押し上げることなんです。いま、東北でいちばん人口が多いのは、宮城県仙台市の約109万人。一方、紫波町は約3万人です。つまり、あと106万人増やさないといけない(笑)。エルテスの掲げるメタシティ構想は、まだ動きはじめたばかりですが、将来的には紫波町のリアルな住民を100万人にしてみたい。これは、けっして実現不可能な数字ではないと思っています。

エルテスは、「デジタル一択」という強い意志と、これまで3事業で培ってきた経験やノウハウを結集させ、グループ全体でメタシティ構想を実現させていきたいと思っています。これこそが、次なる成長のための挑戦になります。

===

※1 リアルな空間にある情報をIoTなどで集め、送信されたデータを仮想空間にコピーして再現する技術のこと(「デジタル空間上の双子」という意味を込めて、デジタルツインと呼ばれる)。この技術を利用すると、将来の事象について、デジタル空間で予測することが可能になる。

プロフィール

菅原 貴弘(TAKAHIRO SUGAWARA)

菅原 貴弘(TAKAHIRO SUGAWARA)

株式会社エルテス 代表取締役 東京大学在学中の2004年にエルテスを創業。インターネット掲示板、ブログ、SNSなど新しいテクノロジーが生まれるたびに、その反動で発生するトラブルに着目し、デジタルリスク事業に取り組む。2016年11月に東証マザーズ上場。また、リスク情報分析と危機対応支援を行うAIセキュリティ事業を手がける戦略子会社を2017年に設立するなど、リスク検知に特化したビッグデータ解析ソリューションを提供する事業領域を拡大させている。